第45話 気弱なルルとお話を


 ユウキは耳を傾けた。大人しいソラと大人しいスライムは、お互いひそひそ声で話し始める。


「今日は、大変だったね」

「みょ……(うん、ちょっと怖かった……)」

「みんな本気だったものね。すごいなとボクは思った。でも、真似はできないや」

「みょみょみょ(ソラは真似しなくていい……お話してくれるだけでいい)」

「ボクも、ルルたちとお話をしたり、歌を歌ったりしている方が落ち着くし、楽しいよ」

「みょん(楽しみ)」

「うん。だけど、家族院の皆が待ってるから、今日はあんまり長くいられないかも」

「みょ……(残念……)」


 彼らのやり取りを、ユウキは感心しながら聞いていた。背中のチロロに言う。


「ソラは本当にスライム君たちと話ができるんだね。あ、声の感じからして、ルルはスライムちゃん、かな?」

『そなたが来るまでは、我らとの会話能力はソラがもっとも優れていた。まあ、さすがにユウキほど自由自在というわけにはいかないようだが』


 ルルのように親しい相手とはスムーズに会話できるらしいとチロロは教えてくれる。

 レンといたずらスライムとは別の形で、魔物と仲良くしているようだ。いいことである。なにより、他の人と喋るのが苦手そうなソラに友達がいることに、ユウキは喜びを感じた。


 ひとりは、辛いのだ。


 大人しいスライム、ルルがこちらを気にしている。ユウキは立ち上がり、チロロとともに水辺へ歩いた。


「こんにちは」

「みょっ!?」


 一瞬、驚いたようにルルは水面の下に潜ってしまう。頭のてっぺん部分だけが小さな島のようにぽっかり浮いた。

 ソラが遠慮がちに声をかけると、おずおずとルルが顔を出した。


「みょ……(こ、んにち、は)」

「うん、こんにちは!」

「みょっ!」


 また、驚いたように水面下に隠れる。

 ソラが申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい、ユウキ。ルル、ボク以外の人間と話せてびっくりしてるんだと思う。それと……ちょっと、声も大きかったかも……」

「そっか。うっかり」


 ユウキは気を悪くした様子もなく、水辺でしゃがみこんだ。水面に指先を付けて、今度はできるだけゆっくりと語りかける。


「驚かせてごめんね。僕の名前はユウキ。今日から新しく、もふもふ家族院の院長先生になりました。ソラとも友達だよ。よろしくね」


 水面に変化がない。ユウキもソラを真似て、辛抱強く待った。

 すると、しばらくして再びぴょこりとルルが顔を出す。


「みょみょ、みょん……(ソラの、ともだち。かけっこで、はやかったひと)」

「あはは、ありがとう。でも、あれは僕だけの力じゃないから」

「みょみょ、みょみょーん……(水の家にいても、びゅおーって聞こえてきた。ちょっと、こわい……)」

「うーん、怖がらせちゃったか。まいったな」


 ユウキは頭をかく。隣のソラが、目を丸くしていた。


「ユウキ、やっぱりすごいね。チロロやかけっこのスライム君だけじゃなくて、ルルの言葉もすぐにわかっちゃうなんて」

「ヒナタが言ってくれたけど、これは転生者としての力なんだ。僕がもともと持ってた力じゃないんだよ」

「そのこと、改めて話を聞きたかったんだ」


 ソラが身を乗り出す。彼は「ルル、おいで」と手招きし、一抱えほどの大きさのあるぽよんぽよんの身体を胸に抱きかかえた。


「ルルといっしょに話を聞かせてよ。転生者って、確か別の世界から来た人のことなんだよね? ユウキは、どんな世界から来たの?」

「えっと」


 ユウキはたじろいだ。さっきまでと明らかに違って、ソラが目をキラキラと輝かせている。スライムもルルも、銀髪少年の様子に触発されてか、大きな黒い目でじっとユウキを見上げてきた。

 期待感に溢れる視線。ユウキは苦笑した。


「元の世界のことを、そんなに知ってるわけじゃないんだけどね」


 前置きして、語る。ユウキの前世はほぼすべてが病院でのことだ。話せる内容は多くない。楽しい話だって少ない。

 けれどソラは興味深そうに耳を傾けていた。異世界のことであれば、どんな話題であっても楽しめるらしい。


 ユウキは喋りながら、ソラに親近感を抱いていた。

 生前、ユウキもまたテレビやネットなどで外の世界の情報をむさぼるように見聞きしていた。病院から出られない分、外のことはどんな話題であっても新鮮。想像をどこまでも膨らませることが楽しみだったのだ。

 ソラもまた、空想の世界に入り込むことが好きな子なのだろう。だから親近感だ。


「ふわあ……ユウキの世界って、本当にすごいものがたくさんあるんだね。特に『てれび』?とか『ねっと』?とかは、ボクも見てみたいな」

「一日中、それを見て過ごすことも多かったけどね……」

「レンやヒナタは耐えられなさそうだけど……ボクは、アリかな。えへへ」


 頬をかく。秘密を恥ずかしそうに明かす仕草にも見えた。


 ふと。

 ソラは表情を改めると、真っ直ぐにユウキを見た。腕に力を込めたせいで、抱えたスライムのルルがむぎゅっとちょっとだけ形を変える。


「ユウキなら、ボクの秘密、話してもいいかも」


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