第44話 池を見つめるソラ


「ソラ? どうしたの」


 ユウキが歩み寄る。ソラはじっと水面を見つめていた。

 レンとヒナタが呼んでいる。だがソラはその場から動こうとしない。

 ソラ、と肩に手を置くと、初めて気づいたようにこちらを振り向いた。


「びっくりした……驚かさないでよ、ユウキ」

「ごめん。さっきから池の方をずっと見て、動かないから。ちょっと気になったんだ」


 おやつ、食べに戻ろうよと声をかける。ところが、ソラは迷っていた。池の方を気にしている。

 なにか、事情があるのだろうか。


 ユウキも池を見る。スライム一家が水底に戻り、水面は澄み切って凪いでいた。

 短い時間の付き合いだが、ソラが自分から積極的に喋る子ではないということは、薄々気づいていた。ユウキは少し考え、先を行くレンたちに声をかける。


「ごめん! 僕はもう少しここにいるよ。ソラと一緒に戻るから、皆は先に帰ってて!」


 ソラが顔を上げる。ユウキは微笑みで返した。


「なに言ってんだよ。さっさと帰ろうぜ」


 レンが不満げに言った。一方のヒナタは、ソラの様子に気づいているようだ。何事かレンに耳打ちしている。

 ユウキは苦笑した。


「僕たちなら大丈夫だから。レンこそ、足を怪我していたんだから早く帰って休みなよ」

「……しょーがねーな」


 レンが踵を返す。ヒナタが「後はよろしくね」と言い、レンの背中を押して家族院へ歩き出すた。

 さすが、皆はソラのことをよくわかっているようだ。


 ただ、フェンリルのチロロだけはのそりと引き返してきた。ユウキたちの側にどすんと座る。


『ユウキよ。そなたまで残る必要はないだろうに。全力で走って疲れているはずだ』

「大丈夫。僕はもふもふ家族院の院長先生だからね。それに、僕もソラのことをよく知る良い機会になるかもだし」


 予感とともに告げる。

 ソラは池に視線を戻していた。一心に、なにかを待っているように見える。

 彼が声を掛けてくれるまで、待つ。


 チロロに促され、ユウキは座った。保護者フェンリルのお腹に背中を預ける。相変わらず、どんなソファーよりもふわふわもふもふの感触だった。


 改めて、ソラの様子を見る。

 最初に顔を合わせたときの印象通り、どこかふんわりとした雰囲気を持つ男の子。レンと違ってサラサラした綺麗な銀髪とスッと整った目鼻立ちで、女の子のように見える。たぶん、髪型と服装が違っていたら、ユウキも誤解していたかもしれない。


 変化のない水面を見続けている。それは『じーっと見ている』とも言えたし、『ぼーっと見ている』とも言えた。

 気弱で自信なさそうなところはあるが、同時にぼんやりさんなところもあるのだろうか。


「ねえチロロ」

『なんだ』

「ソラがここに残ったことに、なにか心当たりはある?」

『なぜそれを余に聞く』

「ソラは誰かと話すのがあまり得意じゃないのかなって思うから。でも、皆が帰ろうとしたときに自分だけ残るなんて、よっぽどのことじゃないかな」

『まあ、思い当たることはある』


 チロロは目を細めた。


『だが、そなたが考えるほど深刻な事態ではあるまい』

「そうなの?」

『以前にも似たようなことがあったからな。おそらく、のだろう。


 お互いに? ユウキは首を傾げる。

 そのときだった。


「あ」


 ソラが短く声を上げる。

 同時に、水面に変化が現れた。

 透明度の高かった水中に揺らめきが起こり、次いで、何かがぴょこんと飛び出してきたのだ。

 頭のてっぺんと目だけを出しているが、あれは間違いなく、スライムだった。


「けど、僕とかけっこした子とは違う……?」


 あのやんちゃスライムと比べ、一回り身体が大きい。黒い目がシンプルな形をしているのは共通点だが、どこか、自信なさそうにも見える。そう考えると、身体半分しか水面から出していないのは、恥ずかしがっているせいなのかもしれない。

 もしかして、やんちゃスライムのきょうだいなのだろうか。


「こんにちは、ルル」


 ソラが穏やかに微笑んで挨拶した。

 ルルというのは、あのスライムの名前だろう。ソラの呼びかけに対し、ルルは「みょ……」と消え入りそうな声で返事をした。

 ユウキは納得した。この恥ずかしがり屋のスライムとお話をするために、ここまで辛抱強く待っていたのだ。

 けど、いったいなんの話をするのだろう。


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