第43話 家族のための役目


 仲直りもできたし、ハーブも取り戻せた。そのハーブは、今ヒナタがしっかり持っている。


「さて。それじゃあそろそろ帰ろうか」


 ユウキは皆に声をかける。

 直後、目を丸くした。

 さっきまで木の根元に寄りかかっていたやんちゃ少年が、何事もなさそうに立ち上がっていたからだ。


「レン!? もう歩いて大丈夫なのかい!?」

「ん? おお、このくらい大したことねえよ」

「いや、だけど。肩貸すよ。なんならおんぶするのも――」

「やめろって!」


 本気で嫌がっている様子のレンに、ユウキは口をつぐむ。チロロを振り返った。大きな身体を持つフェンリルなら、背中に乗っけてもらえそうだと思ったからだ。


『余は構わんが――』

「ひとりで歩けるってーの!」

『とまあ、本人がこのように言っているのだ。自分で歩かせればよかろう』


 そう言って、チロロは先に歩き出す。ヒナタも保護者フェンリルの後ろをついていった。

 ユウキはレンの足首をじっと見る。ズボンに隠れて腫れは見えなかったが、少なくとも、レース直後よりかはずいぶん良くなっているようだ。これもレンの力なのかなとユウキは思った。


「おいユウキ」


 足の様子に注目していたところに、レンから声をかけられる。

 彼は言葉を探すためか、人差し指で鼻の頭をかきながら、視線をウロウロさせている。

 ユウキは、レンが言いたいことを見つけるまで待った。もとより、相手の話しぶりにイライラするようなせっかちさんではない。


「あの、よ」

「うん」

「今日はその……ありがとな。助かったわ、お前のおかげで」


 一度、お礼を口にして楽になったのか、レンの表情が柔らかくなる。


「オレの気持ちくんでくれて、そんでもってきっちり約束守ってくれてよ。なんつーか、すげえよお前。ヒナタが言うとおりに、さ」

「あんまり自分ではすごいと思ってないんだ。僕ひとりの力じゃないから」

「そういや、最後に水面をバーって走ってったあの魔法、あれもなんか秘密があんのか?」


 レンがユウキの肩に手を回す。身長差が負担にならないよう、ユウキはこっそり身体をかがめた。

 レンが目を輝かせるので、「あれはね」と説明する。善き転生者の話を聞いたやんちゃ少年は、感心したような、羨ましそうな表情をした。


「あーあ、オレにもそういう力があればなあ」

「レンは十分すごいよ。走ってる途中、ずっと思ってたもの。自分だけであれだけの走りができる。すごい」

「へへっ。だろ?」


 にかっとする。すっかり調子に乗っていた。

 ……と思っていると、ふいに真面目な顔になる。


「仲間の……家族のために身体を張るのは大事な役目だって、オレは思ってる。だから今日の勝負も本気で挑んだ。けどよ、ウチの家族院、女が多いだろ? ソラもどっちかっていうとナヨナヨしてるタイプだし、正直言って、ちょっと気まずかったんだ。これまで。あんまりわかってくれてない感じがしてよ」

「レン……」

「だから今日、ユウキがオレと同じ気持ちで勝負してくれたことが嬉しかった」


 肩を抱いたまま、空いた手でこぶしを作る。ユウキは目を丸くした後、自分も握り拳を作った。

 コツ、と拳と拳を合わせる。


「改めて、よく来たなユウキ。これからもよろしく頼むぜ、院長先生よ」

「うん。こちらこそ」


 肩を叩いて、レンが離れる。


「よーし、ユウキ。お前、今日からオレの二番目の弟分な!」

「え?」

「一番目はソラ。順番は守れよ」

「なんの順番?」

「なんだよ。お前、男のくせにきょうだいの序列もわかんねえのか?」

「僕は一人っ子だったけど……」


 微妙な表情になる。


「僕がいた世界だと、あんまり序列とかは気にしないかな。第一、僕たち同い年じゃないか」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ。あと、男だから女だからってのもないかな」

「ふぅーん。じゃあ、あんまり気張る必要もないのかなあ」


 腕を組みながらつぶやくレン。口では序列と言っているが、台詞ほど本人は気にしていないのかもしれない。格好よさげだから言ってみた――レンならありそうな動機だった。


 ――きょうだいには、ちょっと憧れていたけどね。


「……あん? なんか言ったか、ユウキ?」

「ううん。なんでもないよ」


 ユウキは笑みを浮かべて誤魔化した。

 レンが背伸びをする。


「んじゃ、帰るか」

「アオイがクッキー作って待ってるよ」

「マジか。そりゃ急いで帰らねえと」

「先に食べたけど、すごく美味しかったよ」

「マジか!? めっちゃ急いで帰らねえと!」

「そうだね。サキが全部食べちゃうかもしれないし」

「あいつならやりかねないっ!!」


 焦りも露わにするレンに、ユウキは笑った。家族院の皆を守るのが役目と自負していても、アオイのおやつには弱いらしい。

 チロロやヒナタを追って駆け出すやんちゃ少年。どうやら足の方は本当になんともないらしい。


 安心したユウキも後を追いかけようとして、ふと、後ろを振り返った。


 スライム一家が住む池のほとりで、ソラがひとり居残っていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る