第30話 小さな冒険の始まり
家族がまだ帰ってきていない。
その言葉に、ユウキは不安になった。
院長の気持ちを敏感に察知したケセランたちが、ユウキの肩や頭や膝の上でピョンピョン跳びはねる。まるで『大丈夫』と言わんばかりだ。
眉を下げるユウキに、サキが笑い声を上げながら手を振った。
「だーいじょうぶ、大丈夫。ユウキ院長君、そんなに心配することはないさ」
「でもさ」
「ソラ君はともかく、レン君の奴はよくあることなのさ。あの子はやんちゃだから、すぐ遠くへ探検に出ようとする」
「いや、それってむしろ危なくないかな?」
するとヒナタまで「大丈夫でしょ」と言い出した。
「わたしとユウキが初めて会ったとき、一緒にいたフェンリルの子、覚えてるよね。チロロ。あの子が付いていれば、問題ないよ」
ユウキは思い出した。確かに、『やんちゃ坊主どもの様子を見に行かねば』と言って森に歩いていった。
サキがクッキーを食べつつ言う。
「放っておけばそのうち帰ってくるさ。なにかあればチロロ君が引っ張ってでも連れ帰るだろうし」
「……」
「それに、だ。下手に遅くなると、帰ってきたときが大変だからな。それはあのふたりもよくわかっているハズさ」
その言葉に、ユウキは思わずアオイのほうを振り向いた。のんびりお母さんは、微笑みを浮かべたまま小首を傾げる。
ヒナタが言った。
「さっきアオイが怒ったのは、食べ物を粗末にした上に隠して誤魔化そうとしたから。レンたちみたいに、外へ遊びに行っただけで怒ったりしないよ」
「そうそう。アオイ君よりもっと決まりに厳しーい子がこの家にいるからねえ」
サキが腕組みしながら天上を見上げる。
「今頃は自室にこもって勉強してるだろうなあ。まったく、おやつ時間でも降りてこないなんて、これではどちらが我が家の決まりを守っていないのかわからないよ」
「えっと」
「ああ、そうか。まだユウキ君は会って話をしていないのだったね。ミオ君という女の子がいるんだよ。彼女はとにかく、決まり事にうるさい」
へぇ、と相づちを打つ。するとサキが声を潜めた。
「ミオ君と会うときは気をつけたまえ。彼女は物言いがちとキツい。腹を据えてかからねば、心に思わぬ傷を負ってしまうぞ。このウチのように」
「ミオちゃん、とっても真面目で良い子だよー」
アオイが頬に手を当てながら言う。
彼女がそう言うなら、そうなのだろうとユウキは思った。あの天使様が選んだもふもふ家族院の子どもたち、根っから冷たい子がいるとは思えない。
近いうちにお話ししたいとユウキは強く思う。
だが、今は別のことが気がかりだ。
「僕、遊びに行った子たちの様子を見てくるよ」
「ユウキ君が? わざわざ行く必要はないだろうさ」
「でも心配だし。僕、もふもふ家族院の院長先生になったし。それに」
握りこぶしを作る。
「まだ会ってない子たちと仲良くなりたいんだ」
「ふーむ。しょうがないなあウチの院長君は。でも、とても
どうやらサキは、反対するつもりがなさそうだ。
ユウキは立ち上がる。すると続けてヒナタも立ち上がった。
「わたしも付いていくよ。ユウキ、聖域の森は初めてでしょ? 一緒に行こう」
「ありがとう、ヒナタ」
ケセランたちをそっとテーブルの上に移しながら、ユウキは礼を言った。
ふたりで家族院の外に出る。玄関先までサキとアオイは見送ってくれた。
「ユウキ君。気負わずほどほどに頑張るといいさー。ついでに、聖域の素晴らしさを堪能しておいで」
「ユウキちゃん。レンちゃんたちに会ったら、『早く帰らないとクッキーなくなっちゃうわよ』って伝えておいてねー」
手を振るふたりにうなずくユウキ。
外はまだ日が高い。まぶしい陽光に、ユウキは手でひさしを作った。
今度は森の中を歩くんだ。ワクワクするな――とユウキは思った。院長としての責任感と、新しい経験へのワクワク感を同時に抱く。
ヒナタが手を差し出した。
「さ、行こう。ユウキ」
「うん」
手を握る。
するとヒナタがじっとこちらを見てきた。
「どうしたの、ヒナタ」
「ユウキ、今すっごくワクワクしてる?」
「う……。実は、そうなんだ」
森のほうを見る。
「院長先生として頑張らないといけないって思ってるのは本当。だけどやっぱり、ドキドキするのも本当なんだ。この先、どんなものがあるんだろう、なにが待ってるんだろうって」
「ふぅん」
ヒナタは大きな目をぱちくりさせた後、にかっと笑った。
「やっぱりユウキも男の子なんだね。そういうところ、レンそっくり!」
「そう? そうなんだ」
じゃあますます会ってみたくなったな、とユウキは思った。
レンとソラ。男の子ふたりを呼びに行く小さな冒険が始まった。
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