第31話 責務を果たしたいのなら


 森へ向けて歩き出したユウキとヒナタ。

 温もりのある陽光が梢の合間から差し込み、綺麗な陰影を作っている。


「ヒナタ。レンたちはこの先にいるの?」


 ユウキは尋ねた。日当たりが良いにもかかわらず、地面はそれほど草が生い茂っていない。柔らかでなだらか、ほどよく歩きやすい。

 だが、道らしい道はない。


 森の中を歩くのが好きなのか、ヒナタはクルクルと踊りながら進んでいた。ユウキの問いかけに、彼女は小首を傾げる。


「んー、どうだろ?」

「え!?」

「あはは。大丈夫大丈夫。森で迷うことはないよ。きっと会える会える」


 笑顔で言われる。いかに鉄壁のメンタルを持つユウキとはいえ、さすがにこのままでいいのかなと思う。


「レンやソラは、どうしてこの森に? いつもの遊び場だったりするの?」

「そうだね。レンはわたしよりも外遊びが好きだから、よく森に出ているよ。今朝は確か、こっちの方向に走っていったから、きっとこの先にいるんじゃないかなって」

「なるほど……うーん」


 ここで暮らすヒナタが焦っていないということは、本当に危険はないのだろう。


 ヒナタを見る。赤い髪のツインテールが、踊りに合わせて回っている。陽光を浴び、青々とした草地を舞台に鼻歌を歌う。こちらまで楽しくなってくる姿だ。

 このままぼんやり森とヒナタを見続けるのもいいかなという思いが、頭をよぎった。


 自分の頬を叩く。

 ダメだダメだ。僕はもふもふ家族院の院長先生。ヒナタと遊ぶのは、ちゃんと皆を見つけてから!

 大きく息を吸い込む。


「レンー! ソラー!」


 森に向かって呼びかけた。ユウキの声は木々の葉っぱに吸い込まれて消えていく。

 ヒナタが踊りを止め、目をぱちくりとさせた。それからなにか考える仕草をし、ユウキの隣に並ぶ。元気印の少女が「おーい!」と叫んだ。

 風の音、鳥の鳴き声が小さく響くだけだ。


「返事がない……」

「結構、奥まで行っちゃったのかもしれないね」

「ヒナタ、レンたちが行きそうな場所に心当たりがある?」

「うーん。たくさんありすぎて、今日はどこに行ったのかわからないかも」

「たくさんかあ。それだけあると、退屈しなさそうだね」

「うん。森を歩くだけで一日終わっちゃうよ。毎日違う発見!」


 それはすごく楽しそうだ――と顔がほころびかけ、また「違う違う」と首を横に振る。

 僕は院長先生! しっかりしなきゃ。


 辺りを見回す。高い木に登れば、周辺の状況がわかるのではないかと考えた。木登りの経験はないが、きっとなんとかなるとユウキは自分に言い聞かせる。

 ちょうど良さそうな大木を見つけ、そちらに足を向けたとき。



 ――責務を果たしたいというなら、力を貸しましょう。



 ふいに、頭の中で声がした。

 同時に、胸の奥がふんわりと温かくなる。この感覚、覚えがあった。


「ユウキ、また目に光が灯ってる!」


 ヒナタが顔をのぞき込みながら言う。彼女の言葉通り、普段は黒い瞳が今はゆっくりと銀色に明滅していた。

 善き転生者の魂が、手を差し伸べてくれたのだ。


 頭の内側に、スーッと涼やかな風が吹き抜ける――そんな不思議な感覚を覚える。

 すぐ目の前の地面が、薄らと光っていることに気づく。

 ユウキはしゃがみこみ、光に重ねるように片手を草地の地面に置いた。


 その途端、光とともに


 ――超感覚、とでも言おうか。

 木の反対側、さらにその向こう、今いる場所からは見ることのできない場所の気配を、ユウキは


 超感覚に、触れるものがある。

 凪いだ水面に波紋を生じさせるように、ふたつ。たくましい生命力を感じるものと、大木のように静かな気配を感じるものと。

 君の求める人たちはここだよ――と教えてくれるようだった。


 位置は、ここから太陽方向にまっすぐ。気配の他に、水の流れも感じた。


「どう? ユウキ」


 無意識のうちに閉じていた目を開くと、ヒナタが遠慮がちに声をかけてきた。すでに一度、彼の転生者としての力を目の当たりにしていたヒナタは、固唾を呑んで様子を見守っていたのだ。


 ユウキは立ち上がる。すでに地面の光は収まっていた。どうやら、ヒナタには光が見えていなかったらしい。

 胸に手を当て、心の中で「ありがとう」とお礼を言ってから、ユウキは元気印の少女に向き直る。


「レンたちの居場所、たぶんわかったよ」

「え? ホント!?」

「うん。ここから南に、太陽の方向に真っ直ぐ。そう離れてないと思う。……ねえヒナタ」


 確認のため、問いかける。


「この先に川とか池とか、あったりする?」

「あるよ。綺麗な小川と、ちょっと大きな池――すごい、ユウキ。なんでわかったの?」

「僕の中の転生者さんが力を貸してくれたんだ。場所を教えてくれた。そしたら、水の気配も感じたんだ」


 へぇーと、ヒナタは感心しきりだった。


「ユウキの力って、本当にすごいんだね。なんでもできちゃいそう」

「僕の力じゃないよ。すごい人たちが、力を貸してくれたんだ」

「うーん。でもさ、それはユウキだからじゃないの? ユウキもすごいから、すごい人たちがすごい力を貸して、すごいことを――って、あれ?」


 言っていて自分でもこんがらがってきたのか、ヒナタが頭に手を当てて首を傾げた。ユウキは苦笑した。


「レンたちは池にいるんだね。そこになにがあるんだろう」

「たしか、魔物が住んでたよ」

「………………えっ!?」


 

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