第29話 子どもたちともふもふ、のどかな時間


 ――子どもたちの楽園、もふもふ家族院。


「クッキー、おいしい」


 さっくさくの食感とほどよい甘さを噛みしめながら、ユウキは言った。

 スコーンのときも幸せだったが、このクッキーも極上の幸せを運んでくれた。

転生者であるユウキにとって、固形物を食べられるだけでも贅沢である。ましてやお菓子なんて片手で数えるほどしか口にしたことがなかったから、人一倍、幸せを感じる。


 クッキーは色々な形があった。四角いもの、丸いもの、星形のもの。それらが平皿の上に山となっている様子は、見ているだけで楽しい。まるで自分たちのようだと思う。


 隣で同じくクッキーを食べていたアオイが、ほんのりと笑う。


「気に入ってくれて、よかったですー」

「本当にアオイはすごいよ」

「ふふふ」


 さらに隣のヒナタが言った。


「わたしも食べてよかったの? これ、ユウキのために作ったクッキーでしょ」

「僕は皆と食べられるほうが嬉しいよ」

「そっか。うん、わたしも嬉しい。サキもそうでしょ?」


 皆の視線が隅っこに座る寝癖少女に移る。

 アオイに怒られたことがよほどこたえたのか、半泣きの状態でかじりかじりとクッキーを食べていた。

 なんとなく拗ねたリスみたいだった。


「うう……おいしい。よかった。ウチも食べられて本当によかったぁ……膝痛い……」

「大丈夫? なにか塗り薬、使ったほうがいいかな。それともマッサージ?」

「うう……ユウキ院長君が優しい……」

「ダメですよー、サキちゃんは反省できるときにしっかり反省してもらわないとー」

「うう……アオイ君が厳しい……」


 ヒナタ、サキ、アオイ。

 彼女らとともに一緒のお菓子を食べ、話に盛り上がる。

 ユウキは心から思った。彼らと打ち解けられてよかった。


 さらさらさら……と梢が静かに鳴る音がする。ケセランたちが、自然の中にある綺麗な音を真似ながらコロコロと転がってきた。機嫌が良さそうだ。


 ケセランはユウキたちの膝や肩に飛び乗ってくる。どうやら半泣きのサキが心配になったようで、寝癖だらけの頭の上にも一匹、飛び乗る。サキは感激して、また泣いた。


 膝上に乗ったケセランを、ユウキは撫でた。ふわふわな感触が手のひらに返ってくる。ケセランの黒い瞳がユウキを見上げ、それから気持ちよさそうに細められた。なんだかこちらも気持ちよくなって、眠くなりそうだとユウキは思った。


「ケセランたち、皆優しいんだね」


 ユウキが言うと、ケセランはユウキの手のひらに身体を押しつけるようにクルクルと回った。少しくすぐったい。


「ケセラン君たちは、ウチらの言葉だけじゃなくて感情の機微も察する力があるようだね」


 サキが言った。クッキーが食べられて、ケセランにも触れられたので、機嫌が直ったようだ。


 すると、各々お気に入りの場所に収まっていたケセランたちが、おもむろにユウキのところに集まってきた。肩の上、頭の上、膝の上、手の上。いろんな場所に乗っかってきて、小さく小さく音を立てる。

 ユウキは目を閉じた。ケセランのささやかなオーケストラを聴いていると、まるで大自然の中に身を置いているような気持ちになる。


「おやおや」


 サキがテーブルに肘を突く。ちょっと羨ましそうだった。


「ケセラン君たちは、ユウキ君が大好きになったようだね。素晴らしい大歓迎ぶりだ」

「ねえユウキ。もしかしてなにか心配事でもあるの?」


 ふと、ヒナタが眉を下げた。


「ケセランたち、ユウキを慰めているように見える」

「僕は大丈夫だよ。けど……そうだね、きっと気づいてくれたんだろうな」


 それ以上は言うのをやめておく。


 生前、病院から出られなかったユウキは、大自然の中で過ごした経験がない。

 ケセランたちは、自分たちの特技を披露すればユウキが喜んでくれると思ったのだろう。本当に心優しい種族である。

 転生前のことは、このレフセロスの人たちには関係がない。ユウキにとっては乗り越えた過去であっても、周りに心配をかけるのはよくないと思った。

 ユウキはもう、もふもふ家族院の院長先生なのだから。


「ありがとう、皆」


 ケセランへの感謝を込めて、改めて、彼らのふわふわの身体を撫でた。

 その様子を、ヒナタたち他の子どもたちは温かな目で見つめる。


「あ――」


 そのとき、ふとヒナタが声を出した。


「そういえば、レンとソラはまだ帰ってこないんだね」


 ユウキは首を傾げる。ヒナタは言った。


「もふもふ家族院の男の子たちだよ。朝から張り切って森に入っていったんだけど、おやつ時間まで帰ってこないなんて、どこまで行ったんだろうね」



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