第24話 カウンター
喫茶さくらの店内リフォームは夏休みに決まった。その間は住めないので、皆藤家では海辺駅近くのマンションの1室に仮住まいすることになった。夏休みの直前、喫茶さくらにやって来た三咲に、絵梨は事情を話した。
「へぇ、マンションライフ!」
「そうなの」
「学校に近いね」
「まあね。夏休みだから関係ないけど」
「そっか。部活行く時に助かるけどね」
「美術部って夏休みもするの?」
「そう。大作仕上げるのは夏しかないって。あたし建物のパース専門だからさ、特に大作ないんだけど」
「よく美術部にいられるよね」
「員数合わせ要員だからね。それじゃ、夏休みに喫茶さくらに行ったら工事中なんだよね」
「そう。お父さんとお母さんは毎日行くって」
「絵梨は?」
「カンナさんが私は立ち入り禁止にするって。1卓も使ってリフォームするから楽しみにしててって」
「へぇ、じゃ、あたしが行こう。そっか! そこで大作作ればいいんだ!」
「え?」
+++
こうして建築士志望の三咲は、夏休み、せっせと喫茶さくらのリフォーム現場へ通った。絵梨に聞かされたカンナの自然派コンセプトも気に入ったし、何より生きた勉強になる。三咲はカンナや現場監督にもすっかり覚えられて、時々手伝わされたりしているが、寧ろ楽しい。そして、絵梨の両親と一緒に桜の木の成長を眺めたりしていた。
リフォーム期間は約2週間。あっという間に内装が剝がされ、耐震補強のために筋交いが入れられた。窓は予定通り丸窓になり、断熱材であるセルロースファイバーが隙間なく充填される。内張も木製パネルで温かみがある。
壁と床が出来てから、外装作業と並行して什器が搬入された。いつかカンナが語っていたカウンターである。よく見ると無垢の板。手触りも良い。三咲は感心した。
「これって気持ちいい!」
「何だか判る?」
「うーん、無垢って言うんですよね、こう言うの」
「そうね。これも桜なのよ」
「えー? 伐採した桜ですか?」
「ううん、あれはそんなに早くは使えないよ。桜材の無垢板2枚を継いであるのよ。奥の方は木目が違うでしょ。絵梨ちゃんの1卓に合わせたの」
「へぇ。でも絵梨は喜びますよ。本当に木は身を残すんだなぁ」
カンナはおや?という顔で三咲を見たが、設置職人への指示に追われた。その日の作業終了間際に、もう一つ、テーブルが搬入されてきた。カンナはそれをカウンターの隣にポンと並べる。
「あれ、それは?」
「見覚えない?」
「も、もしかして絵梨の机?」
「そう。1卓よ。磨いたんだけど、落書きは完全には消えなかったわ。お姫さまに見えたからお母さんに聞いたら、絵梨ちゃんって小さい頃は桜姫って呼ばれていたんだって。だからきっと自画像ね。机の高さはカウンターに合わせたから、並んで勉強出来るよ。あ、でもまだ絵梨ちゃんにはヒミツよ」
「凄い! 絵梨、感動だなあ。まじで『何と言うことでしょう…』だ。こう言うのも建築士のお仕事なんですね」
カンナはニコッと笑って言った。
「そうね、モノと心の架け橋みたいな?」
「わ! そのフレーズ頂きます! 親にそう言って説得しよう」
「あれ、三咲ちゃんのご両親は反対されてるの?」
「うーん。ヘルメット被って工事する人みたいに思ってて」
「あながち外れじゃないわね」
「重いもの持たなきゃいけないから危ない、とか言うんです」
「ふふ。一番重いのは責任だけどね」
「わ! それも貰っちゃお」
その時カンナのスマホが鳴った。カンナはスマホを取り出しながら出てゆく。窓の外は綺麗な夕焼けだ。三咲は1卓の表面に目を凝らした。コーティングの下に、引っ搔いたような跡が見える。
あ、これが落書きか。あはは、可愛いな、桜姫か…。何だか絵梨の成長物語のようだ。 ん?
三咲はふとしゃがみ込む。1卓の下は何もなく天板の裏側が見えている。これ、サプライズだよね。三咲はリュックのペンケースから油性の名前ペンを取り出す。そして1卓の下に潜りこむと、天板の裏で考え込んだ。表の落書きがこれまでの絵梨の物語だとすると、裏にはこれからの絵梨の物語を描けないかな。これ、美術部の作品だよね。
「三咲ちゃん、そろそろ帰ろうか」
絵梨の母、美鈴の声が聞こえて来た。
「はぁい。ちょっと今、サプライズ考え中でーす」
「えー?」
三咲の姿を見た美鈴は微笑んだ。これも青春だなあ。
「あのう、もうちょっとここに居ていいですか? 電車で帰って鍵はマンションに届けます」
「はいはい、じゃ、鍵はここに置いておくから、出る時に電気を消しておいてね。気をつけてね」
「はぁい」
美鈴が引き上げ、カンナも一緒に引き上げた。三咲はまだ考え込んでいる。すると突然、
♪ カランコロン
え? 三咲は顔を捻って入口を覗き込む。
「城先生!」
白髪の老教師がにこやかに入って来た。
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