第15話 生き物係始動

 多分、裏門の所に絵梨はいる。廊下をせっせと歩きながら三咲は考えた。海辺高校は城址公園とイケイケなので、裏門と言っても形ばかりなのだが、お城跡だけあって桜の木が多い。そこにひと際大きな桜の木があるのだ。


 そして予想通り、絵梨は裏門近くの桜の木の下にいた。すっかり葉桜になった幹を、擦ったり凸凹を叩いたりしている。三咲は駈け寄ろうとして慌てて立ち止まった。絵梨が根元に崩れるようにしゃがみ込んだからだ。


絵梨をもう少し泣かせてあげたい。 三咲は待った。


+++


 絵梨の周囲まわりでは早目の薫風に桜の葉が揺れている。汚れた拳で絵梨は目を拭った。それでも涙は次々に湧いてくる。


 ケムシもついたし葉っぱも落ちたし大変な時もあった。けど、毎年毎年花をつけ、花を散らし、若葉が芽吹き、枯葉を散らし、そして蕾を付けて春を告げる。私を桜姫として見守ってくれた16年間、ずっとそうだった。17年目はもうないの? ガランとした光景が目に浮かぶ。今度の春にはもうメジロが来ることも、花びらが舞う事も無いんだ。絵梨は両腕に顔を埋める。なんでいきなりこんなことになったの? 誰も悪いことしていないのに…。目の前のこの桜はこんなに元気なのに…。なんであの子だけ…。私、桜姫失格だ… 絵梨は声を出して泣いていた。


 突き上げる慟哭が収まって来て、絵梨はようやく我に返る。ここ、学校だった。それも授業時間。ヤバい。私、なんてことしてるんだろう。手で目を拭ってよろよろと立ち上がる。おっと…、絵梨は幹に手をついて身体を支えた。ザラザラして割れ目だらけの幹。しかし手をついたその部分は温かかった。


 まるで生きてるみたい…。いや、木も生きてるんだった。絵梨は手をついたまま大きな桜の木を見上げた。


『姫、守ってあげるよ』


 絵梨には大きな桜の木の言葉が幹から伝わって来るように感じた。そして、ふいに駈けて来る足音に気づいた。


「絵梨!」


 あ、三咲だ。そうだ…朝から私、感じ悪かったんだ。心配してくれていたのに。


「絵梨、大丈夫になった?」


 三咲が絵梨の肩をそっと抱く。


「ごめん。ごめんなさい」

「いいのよ。無理ないよ」

「うん。でも授業中だった」

「あーそれは大丈夫。ホームルームだし、押さえるとこ押さえといたから」

「え?」

「いいから、いいから。あそこに座ろ」


 少し離れた花壇脇のベンチを三咲は指さし、二人でベンチに座る。俯いて黙りこくる絵梨に三咲がそっと声を掛けた。


「絵梨、あの桜のこと、考えてたんだよね」


 絵梨が頷き、三咲が言葉を繋ごうとした時、知らない先生らしきがやって来た。手に箒を持っていて、白髪頭で随分と高齢だ。


「キミたち、授業は?」


 絵梨は聞こえないフリなのか、下を向いたまま。三咲が明るく答えた。


「今、ホームルームで委員とか分担決めてるんです。あたしたち、生き物係なんで、活動計画立ててまーす!」

「ほう、そうか。生き物係な…。そりゃ頑張りなさい」


 先生は後ろ手に箒を持ち換えヨタヨタと歩いてゆく。三咲がそれを見送りながら、


「随分お爺ちゃんの先生ね。高校の先生って定年とかないのかな。もしかして、公園の掃除係の人かな?」


 俯いていた絵梨が思い詰めたような顔を上げた。三咲の方を向く。


「三咲、私、あの桜を助けたい。どうしたらいい? 三咲が言ってた殺菌ペーストって私でも塗れる? どこに売ってるの?」

「本当に生き物係の相談だねー。どこに売ってるとかは佳太おじさんに聞いてみるけど、一応資格もある事だから、素人が勝手にやって良いのか判んない」


 それはそうかも知れない。殺菌とか言いながら桜の木自体を殺してしまうかも知れない…。


「それ、生き物係の活動計画にしよう!」


 三咲は元気にこぶしを上げた。


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