第7話 竜巻常連
「あー、いい天気だわねー」
「居眠りし過ぎて夜は不眠症やってさ」
「それを更年期って言うのよ」
「定年が延びるんやったら更年期も延ばして欲しいもんだわな」
「わたしゃ、自分で勝手に延ばしとるよ」
「伸びとらんって。あんた、汗ばっかりかいとるやん」
「なんで知っとるのよ」
賑やかに入って来たのは、海岸沿いに住む漁村の婦人部、吉祥 千枝(きちじょう ちえ)らのレディースである。喫茶さくらの貴重な常連客で、彼女らがスイーツに落としてくれる金額はバカにならない。
「おや、周防さんもいたの。ってことはまたどこかぶっ壊れたのね。年季入ってもどこも壊れん私らを見習って欲しいもんやねぇ、あっはっは」
「千枝ちゃん、腰が痛いって言うとるやん」
「網の修理んときね、あれは重すぎるんだわ、レディーには」
「旦那を閉じ込めるには丁度ええって言うとったやん」
「旦那も弱って来てさ、もっと軽い網で充分閉じ込められるのよ」
「それは千枝ちゃんにこき使われとるからやろ、あっはっは」
勢いに滋も苦笑いだ。店内はいきなり昭和トルネードに侵入されたみたいで、流石の三咲も呆気に取られている。
「美鈴ちゃん、いつものお願い。あ、そうや、さくらティー、もういけるんやね」
「はい、大丈夫ですよ」
「ほんならみんなそれやから、ケーキとさくらティーを6つお願い。花びらは大盛で」
「はいはい。この頃、花が少ないんでね、大盛は50円増しですけどいいですか?」
「ええー? そうなの? そろそろ姥桜かねぇ。じゃあ普通盛でいいや」
笑いながら返した千枝は、ここで初めて絵梨がいることに気がついた。
「あら、絵梨ちゃん、海高受かったんだってね、賢いねえ。一体誰の子やーってマスターがいつも言うとるもんね。海高って城址公園の中だから、お花見の人も入り放題なんでしょ?」
「はい。学校のトイレ借りる人、多いって」
「あっはっは、無下に断れないよねぇ。それでどう? カッコいい男の子みつけた?」
「いえ、まだです。ってか、誰が誰だかまだ判りません」
「早い者勝ちだからねー、誘惑テク教えてあげるよ」
ケーキを配り始めた滋が苦い顔をする。
「ちょっと吉祥さん、変なこと教えるのは止めて下さいよ」
「うわ、駄目だ、絵梨ちゃん。マスターは絵梨ちゃんの恋人気分だからさぁ、今度いない所で教えたげるわねぇ」
絵梨は答えようがなく赤くなっている。その隣でまた三咲の目が輝く。
「あの! あたし、絵梨の友だちの垣内三咲です。あたしもそれ聞きたいです! 絵梨と一緒に教えてください!」
おいおい三咲…、絵梨は内心狼狽えた。
「あはは、元気なお友だち出来たのね。いいよー、一緒に教えたげるよ。ここのお姉さま方はそれぞれ凄腕なのよ。授業料はここのケーキ1年分でいいからさ」
「また太らされるよ!」
「あっはっは」
さくらティーを前にしたフィッシャーレディースは一旦、大人しくなる。
「貴重な姥桜だからじっくり味わわないとねぇ」
「ババアがババアを飲んでるみたいだねぇ」
「はっはっ。共食いだっちゅうの」
賑やかなレディースをチラ見したカンナが席を立ち、滋に頭を下げる。
「じゃあマスター、私は今日はこれで帰ります。リフォーム案は絵梨ちゃんの大事な1卓を活かすこと、考えてみますね。桜の無垢板の勉強机なんて、なかなかないですからね。お茶、有難うございました」
「いいえ、じゃ、いい案をお願いしますね」
「またご連絡します」
カランコロンと扉を開けて出てゆくカンナの後姿を目で追いながら、千枝がぼそっと滋に言った。
「マスター、カフェとか言うのにしないでよ。あの、何とかバックスってさ、コーヒーの注文の仕方が未だに判らんのだからさ、英語ばっかりで。岡山行った時さ、みんな難儀したわ」
その言葉は絵梨の胸にもチクっと刺さった。
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