第5話 カフェ訪問
止むなく絵梨は三咲を引き連れて電車に乗った。都会育ちだけあって、三咲はICカード乗車券の使い方には慣れている。二人は向かい合って座り、窓の外を眺めた。午後の海がキラキラ光っている。絵梨には見慣れた光景であるが、三咲はいたく感動している。
「きっれいーねー。ウチからも遠くに海は見えるけど、こんなに繊細には見えないわ」
これって繊細なんだ。さすが美術部。
「でもさ、津波心配じゃない?」
「え? 考えたことない」
「そう? 30mの津波とか来たらさ、大抵の所がアウトよ。10階建のビルが高さ30mなのよ」
そんなのどうしろと言うのだ。絵梨が思った瞬間に車内アナウンスが流れた。
『間もなく生田に到着します。ホーム側のドアが全部開きます。ドアの横のボタンを押してお開き下さい』
三咲の目が丸くなる。
「ドアって自分で開けるの?」
「うん。閉まるのは勝手に閉まるけど」
「まじ? 初めて聞いた。やっぱほら、海に近いから?」
「え? いや、関係ないと思う。降りる人が少ないからじゃない?」
「なるほど! 合理的だ。さすがだね。神戸は駄目だわ、エコじゃない」
都会育ちって偉そうにしないところはエラいんだけど、何かが違うな。絵梨はちょっと可笑しくなった。三咲は絵梨の自宅までの国道でも感心していた。
「磯の香りね。お腹すいちゃうねー。坂道も風情あるし」
なんでお腹と直結するんだろ。絵梨は小さい頃から馴染んでるから何とも思わない。私も他所に行けばそう思い出すのかな。自宅に近づくと、また桜の花びらが舞って来る。三咲は立ち止まって掌を拡げうっとりしている。この子、賑やかだけど、ポジティブでいい子なんだ。絵梨はまた可笑しくなった。
「でー、そこがウチなの」
絵梨は店舗を指さす。
「え? 喫茶さくら? すごーい。きれいな名前」
「そう? 古いだけなんだけど、覚悟してね」
絵梨も覚悟を決めて店の扉を引いた。
♪ カランコロン
三咲は先に飛び込むと、いきなり叫んだ。
「めっちゃエモーい!」
その声に店内にいた大人三人が一斉に振り向いた。テーブルに拡げられた図面を凝視していた父と母、そして店の修理の相談に乗って貰っている建築士で仕事一筋の独身、周防 カンナ(すおう かんな)だ。
「お帰り」
「お邪魔しまーす!」
声が錯綜する。うわ、三咲、放っとけない。絵梨が前に出る。
「お父さん、同じクラスの垣内さん。私の前に座ってるの。垣内三咲さん」
滋が立ち上がり満面の笑みを向けて来る。
「おお、絵梨のお友だちかい? いらっしゃい、大歓迎だよ」
「はい! もうここのカフェの常連になります!」
「それは有難う」
三咲もスマイル。しかしその目は、テーブルに拡げられた図面に吸い寄せられた。
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