第4話 別荘地のお嬢

 絵梨が入学した県立海辺高校では、翌日、つまり入学から3日目、1年生にテストを課している。簡単に自己紹介を終えたばかりのぎこちないクラスメイトも、朝から午後までテスト漬け。最後の答案用紙が回収され、解放された瞬間、絵梨の前の席の生徒が振り返った。


「ちょっとぉ、酷くない? いきなりテストってさ。入試やったとこじゃん」


 絵梨は目を丸くする。この人は…確か、カイトさん。そう、苗字が私と似ていて紛らわしいと担任の先生が嘆いていたのだ。カイトの次がカイトウか。なんで同じクラスにしたんだろな、とか。こっちは知った事ではないのだが。


「えーっと、確か…」

「あー、あたしね、垣内 三咲(かいと みさき)。苗字はすぐ覚えるでしょ? 皆藤さんから『う』を取ればいいんだから」


 確かにそれはそうだけど… 絵梨は曖昧に頷く。


「あのさ、絵梨ちゃんだよね。呼び方、絵梨でいい? あたしは三咲でオッケイだから。絵梨、部活もう入った?」


 一人で結論出している。こういうタイプの子、クラスに2,3人はいるんだよな。思いながら絵梨は首を横に振る。


「そ? あたしもう入っちゃった。美術部」

「美術部?」


 絵梨は思わず呟く。どちらかと言うと大人しいイメージのある文化部である。


「うん。あたしね、将来インテリアとかやりたいのよ、建築士って言うのかな。だから美術部」


 インテリアデザインとか建築のお仕事は何となく解る。ウチのお店にもそう言う人が出入りしているから。だけど…。


「えっと、美術って芸術よね。インテリアとかに使えるの?」

「さぁ」

「さぁ?」

「うん、判んない。でもさ、剣道部とかバスケよりは近いと思わない?」


 あー、そう言う思考回路か。消去法? ポジティブなのは悪いことじゃないけど。


「でも、絵は描けるんだよね」

「まあちょっとは。イラストっぽいのばかりで油絵とかはやったことないよ。それで絵梨はどうするの?」

「入らない…かな」


 絵梨の脳裏に前日のテーブル騒ぎが浮かんでいた。部活もお金、かかるし。


「ふうん。ま、人それぞれだからね。必ずやんなきゃいけないものでもなし。家はどこ?」

「生田」

「どこ?」

「海の近く。海辺駅から3つ目の駅」

「そっか! 行ったことない!」


 なんじゃそりゃ。絵梨は呆気に取られた。三咲は人差し指を適当な方向に向ける。

 

「ウチは海辺駅の山手方向なんだよね。里井って別荘地なのよ。オリーブとかレモンの畑がいっぱいあるんだけど、コンビニもないし、坂の上だし、取り柄は見晴らしだけなのよ。そんなのすぐに飽きちゃうよね」

「別荘地に住んでるの?」

「ん。親がリモートで仕事出来るからって神戸から引っ越して来たの。近所に叔父さんが住んでるってのもあるんだけどね。だからこの辺のこと全然判んないの。教えてくれる? ゲーセンとかカラオケの場所とか」


 そんなの全然ない。お好み焼き屋と海鮮市場ならいっぱいあるけど。三咲は目をキラキラさせた。


「じゃあさ、今日、今からその3つ目の駅のおうちにお邪魔していい? 行ったことないとこ、行くの好き」

「え? あー、まぁいいけど。家って喫茶店だから」

「そうなの? ラッキー。カフェが見つかっちゃった!」


 いや…、そう言うのと随分違うんだけど。絵梨は三咲の勢いに言い出せなかった。

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