第2話 古巣の今

数日後。かつて『大空望(おおぞらのぞみ)』を名乗っていた女は、個室の料亭でとある人物と待ち合わせをしていた。


先に注文し食べ始めていたところに待ち合わせの人物が襖を開けて現れる。


「すまない。遅れて」


「いえ、御無沙汰してます…………社長」


『前田俊典(まえだとしのり)』。女が『大空望(おおぞらのぞみ)』として表舞台に立っていた時に所属していた事務所の社長。女をスカウトしスターダムにの仕上げた恩人でもある。


「どうだ。自由な時間は?」


「伸び伸び羽根を伸ばしてますよ」


「そうか。なら良かった」


「お呼び立てした理由…………わかってますよね?」


「流石に毎日エゴサしていただけに情報が早いな」


「……………」


「……………我々がお前の引退に反対だったのは知ってるな」


お猪口に汲んだ酒を一気に飲み干すと前田は沈黙を破る。


「はい」


シャンパンを一口飲み前田の問いに答える女。


「…………我々にとって再び『大空望(おおぞらのぞみ)』というカリスマが必要になったということだ」


「…………そんな必要あります?」


「お前は前を見続けていれば良かったからな。今『スカイプロモーション』が置かれている現状はわからないだろうな」


「現状?」


「ハッキリ言おう。今うちは倒産の危機にある」


「えっ!?」


自分が長年お世話になった古巣の突如突きつけられた現状に女は動揺を隠せない。


「……………『大空望(おおぞらのぞみ)』の輝きに優るタレントは、事務所にはいなかった。そして『大空望(おおぞらのぞみ)』以外に第一戦で戦えるタレントをうちは抱えていなかった」


「そんな!?真由美(まゆみ)や美空(みく)やナンシーがいたでしょ?」


「真由美はいいトコ、ネットタレント。美空は稼ぎ頭には程遠いB級タレント。ナンシーに至っては辞めたよ」


「ナンシーが辞めた?」


「お前という存在がいなくなったことでモチベーションを無くし事務所に顔をみせなくなり、勝手に男と所帯を持った」


「そんな…………」


「うちは『大空望(おおぞらのぞみ)』で成り立っていたようなものだったからな。仕事は激減して従業員の大半との契約更新を打ち切った」


「……………」


「お前が責を感じることはないぞ叶(かなえ)。お前はうちに多大な貢献をしてくれた。自分の時間を犠牲にし多くの偉業を成し遂げ、多くのファンにとって希望であり続けた。むしろお前に多くの負担をかけていたことを申し訳なく思っている」


「そんな…………社長のお陰で夢のような時間を過ごさせてもらいました」


「そう言ってくれるのが心の救いだ。しかし現実は無情だ。ただでさえ断腸の思いで整理したうちの環境もこのままいけばまた整理する必要が出てくるし真由美と美空の覚醒でも無ければうちは倒産……………それが今のうちの現状だ」


「そんな……………」


「そんな中で2週間前だな、あの『大空望(おおぞらのぞみ)』がうちにやって来た」


「やってきた!?」


前田の口調に叶は驚く。少なくともあの『大空望(おおぞらのぞみ)』は恩人の目掛に止まった訳では無く。自ら『スカイプロモーション』の門を叩いたということだからだ。


「社長がスカウトしたんじゃないのですか?」


「馬鹿いえ、『大空望(おおぞらのぞみ)』のような存在をスカウトなんて出来るものか。…………だが驚いたよ。お前の見た『大空望(おおぞらのぞみ)』は容姿は勿論。声も性格も『大空望(おおぞらのぞみ)』そのものだった」


「……………」


「そして覚悟もな」


「?」


前田の口からポロっと出た言葉は、拾ってくれるなといわんばかりにか細い声だった。


「だが、お前がアプローチしてくれたことはこちらにとっても都合がいい。」


「どういう意味です?」


「おい!入っていいぞ!!」


「ハイ!社長!!」


襖越しから聞こえる自分の声に違和感を覚える叶。


「失礼します。『大空望(おおぞらのぞみ)』です!よろしくお願いします!!」


襖が開くとそこには間違い無く【自分】がそこにはいた。

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