第6話「好きだよ…」

「説明してください、店長!何でテレビの取材、OKしちゃったんですか!」



「ふぉあっ?なっ…何で一介のバイト風情がもうそれ知ってんだよ」



バイトが倒れて数日後、すっかり体調を回復させたバイトが店に入るや否や、鼻息荒く攻め入って来た。


何でコイツがそんな事もう知ってるんだよと、俺は厨房で野菜の油通しをしている藤崎さんの方を見た。


俺の視線を受けて、藤崎さんはギョッとした顔をしたが、すぐに自分は話してないとジェスチャーを返してきた。



藤崎さんにはもう取材の事は話していたのだが、バイトにはまだ話してなかったはずだ。



まぁ、シャイな藤崎さんの方からバイトへ話しかける事はまずないと思うので、事前にそれを話してしまう事はあまり考えられないか。



「そんな事はどうでもいいんです。店長、見損ないました」




「だから何がだよ。俺は何かしたか?」




この年頃の女の子の気持ちがさっぱりわからない。


だからいつまで経っても彼女が出来ないんだろうか。


いや別に欲しくねーし。

いたらいいななんて思った事もねーし。

そう思わねーと悲しくなるからな。



そういや俺とバイトとはそんなに年齢差はないんだがな。



キッズやマダムなんかはわりと褒めたり、お菓子やモノで気持ちを掴んだり出来るわけだが、この中間層がムズいんだよ。


強いて言えばギャルゲーの選択肢を常に間違えて選んでるみたいな手応えに近い。



「店長はメディアなんかの力に頼らず、自分の力のみでこの冷え切った飲食業界の覇権をもぎ取る漢の中の漢じゃないですか!」



「うわっ。何だその頭悪そうな覇道は。俺はそこまで思ってねーわ。メディアだろうがSNSだろうが、それで客が増えんなら使えるモンは使うに決まってんだろ」



「なっ…なんて下劣な」



バイトは大袈裟に額に手を当てて、よろよろと店のカウンターに寄りかかった。


何なんだよコイツは。

俺、そんなに悪い事してるか?


ただテレビの取材を受けるだけだぜ?

それの何が下劣なんだよ。



「結城さん。確か、その番組ってアイドル歌手のナントカらいむとかいう人が来るらしいですよ」



そこで険悪になりそうだった空気を立て直そうと、いつもは寡黙な藤崎さんが援護射撃をしてくれる。


ありがたい。

俺の代わりにこの使えない口だけのバイトを説得してくれ。


藤崎さんはきっと本物の芸能人が店に来れば、バイトも手の平を返したように喜ぶと思ったに違いない。

俺もそう思った。


しかも来るのは俺の最推しだ。


しかしバイトの眉間のシワが深くなる一方で、また選択肢を間違えて好感度を大いに下げてしまったようだ。



「まさか店長、そのアイドルが来るからOKしたとか言いませんよね?」



バイトは黒縁眼鏡を軽く人差し指で押し上げ、グッとこちらに顔を近づけてくる。


そうするとやっぱり空色ライムにそっくりで、不覚にもバイト相手に胸がドキドキしてしまう。


コイツなんか全然ライムと違うのに。


くそっ、バイトのくせにめちゃくちゃ可愛いじゃねーか。

一瞬でもそう思ってしまった自分を激しく殴りたい。

この顔面凶器女め。




「いや……そりゃ、違うっていうか、その…違わないっていうか」



おいおいおい、これは何て答えるのが正解なんだ?


本音はそうだよ。その通りだよ。

ライム目当てに決まってるよ。


夢にまで見た本物のライムと会って話せるチャンスなんだ。


しかしこの店の硬派な店長的にはどうなんだ?

店長がアイドルなんかに浮かれているなんて、バイト的には軽蔑モノなのかもしれないぞ。


するとバイトは少し声のトーンを落とし、どこか探るような声色を使う。




「店長、空色ライム、好きなんですか?」





うわっ。直球来たよ。

ゴクリと俺の喉が鳴る。

ここは強く否定するべきだ。


そんなものは関係ない。

ただ店のためにオファーを受けたと言うんだ。


俺はゆっくり口を開いた。





「………好きだよ。悪いか」





バカか、俺はぁっ!

悪いのは全部お前だよ!東雲陸十!





「!?」





次の瞬間、バイトの顔が真っ赤になった。

顔だけでなく、耳まで赤い。

一体どうしたんだ?




「ああああああああぁ…あり得ないからっ!」




バイトはそう叫ぶと、割烹着のままもの凄い速さで店を飛び出して行った。


バイトが駆け抜けた後には薄い霧のような砂埃がもうもうと舞っていた。




「……な…何だったんだ?あれは」




「さぁ。アイドル好きな男性が苦手だったんじゃないですか」



藤崎さんが同情するような、労わるような目で見てきた。




「まじかよ。俺、あいつにキモいオタクだと思われてんの?」




「誤解だと、私から彼女に説明しましょうか?」



「いや、それやめて。余計落ち込むから」



俺はため息を吐いた。

しかしもう取材は正式に決まっていて、今更キャンセルなど出来ない。



「バイトのやつ。取材日に来てくれんのかな」




その日、バイトは戻って来る事はなかった。

そしてあっという間に取材の日はやって来た。












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新しく雇った使えないバイトが推しにそっくりなのだが 涼月一那 @ryozukiichina

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