第5話「魔法の手」

「はい。後は目が覚めるまでついててあげなさいね」



「どうもすんませんした…」



俺は立ち上がり、頭を下げる。

すると、なお子さんは見送りはいいからと言って階段を降りて行った。


そこで俺はゆっくり息を吐く。

すぐ横には布団が敷かれ、そこにはバイト…結城蒼依が眠っている。


結局あの場で倒れたバイトを助けてくれたのは隣の和菓子屋の奥さんだった。


奥さんはなお子さんといって、お節介なくらい面倒見がいい。


そのなお子さんが到着するや否や、なお子さんはどうしていいのかわからずあたふたする俺ら男連中を店の外へ出すと、的確な指示を出し、バイトを着替えさせて布団へ寝かせた。


バイトは睡眠不足からくる疲労と過労が重なった状態で意識を失ったらしい。


何をバイトはそんなに毎日忙しくしているのだろう。


思えばこの前の不審な電話も気になる。

しかし聞けば必ず答えてくれるものでもないだろうな。


所詮、俺たちは雇用主と従業員の関係だ。



「…………」




俺はバイトの額に乗る厚ぼったい前髪をゆっくりと払い除ける。


相変わらず、綺麗な顔してるな。

こうして見れば見るほど、空色らいむにそっくりだ。


世の中には自分と似た顔のヤツが三人はいるとか聞いた事があるが、こんなに似た人間がいるんだろうか。


しかしよくよく考えてみると、今バイトは俺が普段使っている布団で寝て、俺のスエット着てるんだよな。


もしこれがバイトでなく、空色らいむだと考えたら…やばい。凄いドキドキしてきた。




「んっ……」




その時だった。

ぐったりとした様子で眠っていたバイトが薄っすら目を覚ましたように身じろぎを始めた。


俺は慌てて、バイトの額から手を離そうとした。


俺は意識のない女の子に勝手に触ってんだよ!


だが引っ込めようとした俺の手にバイトの手が重ねられたため、俺はどうしていいのかわからず、ただ赤い顔で固まっていた。




「店長の手、冷たくて気持ちいいからもう少しだけこのまま…で」



「お…おぅ。そんなら好きにしろ」




俺は横柄に答え、バイトから視線を逸らす。

目を合わせてしまうと余計な事を言ってしまいそうになるからだ。



「ありがとうございます。店長」




バイトは俺の手を自分の滑らかな頬に触れさせると、安らいだ様子で目を閉じた。




「店長の手は魔法の手…みたいですね」




「はいはい。そーかよ」




確かにバイトの手や頬は少し熱かった。

俺の手が冷たく感じるくらいには。





「なぁ。どんな事情抱えてんのか知らねーけど、あんまり無理するなよ?」





「はい。次からは…気をつけます…ね」




そう言ってバイトは再び眠りについた。



バイトのない日、こいつはどこで何をしているんだろうか。

習い事みたいなのをしているらしいが、本当なのかはわからない。


俺はまた改めて眠るバイトの顔を見た。

まだ目の下は鬱血しているし、熱もある。




「ま、今はゆっくり休めよな」





その後、再び目覚めたバイトは夜に俺が送ると散々言ったのもきかずにタクシーで帰っていった。


本当に頑固なヤツだ。



バイトが帰った後、俺は店の片付けをしながらテレビを見ていた。


見ているのは空色らいむがやっている街角訪問バラエティだ。


「あの街この町、らいむが征く」


まぁ、よくある各地にある飲食店をタレントが巡って食リポする番組だな。

俺はあまりこういう番組には興味はないのだが、何せ推しが出ているので毎週リアタイしている。


相変わらず辿々しい食リポで、ちっとも成長しないのだが、やはりいつも元気で一生懸命な彼女の姿には励まされるし、癒される。



「そういえば、このダメダメなところもウチのバイトに似てんだよなぁ」



やがて店にある大型テレビで番組を見終えた俺は、大きく伸びをして暖簾を仕舞いに外へ出た。



店の引き戸を勢いよく開けた瞬間、何やら「きゃっ」と、女性の小さな悲鳴があがった。


下を見ると髪の長いパンツスーツに身を包んだ女性が倒れていた。

三十代後半くらいだろうか。

縁が太めなメガネを掛けている。



「すみませんっ。あの、お客様でしたか?」



あの騒ぎで店はもう閉めていたのだが、まだ暖簾はそのままだった。

だからまだやっていると思って客が来たのかもしれない。


俺は倒れた女性に手を差し出して引っ張り上げると、それを説明しようと口を開きかけた。


すると悲鳴の主、細身のパンツスーツ姿の女性は俺の言葉を待たず、即座に名刺を突き出してきた。



「あ、ちょうどいいところに。店長さんですね?私BS白テレの者です。福来軒さんを「あの街、この町。らいむが征く」で取材させていただきたいんですが」



「えええっ?「あのらい」がウチを!?」



俺は思わず往来で叫んだ。

それ、俺がたった今見てた番組じゃないか?

落ち着け。


その番組がこんな汚ねー町中華屋を取材したいだと?


まじか。

つか、あれだよな。

本物の空色らいむがウチに来るって事じゃねーか!



「……………」



俺は静かに唾を飲み込んだ。

どうする?


どうしたらいい?














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