第4話「バイト、倒れる」
「店長!味噌二つと半チャーハン一つです」
「あいよ!」
威勢の良いバイトの声に俺は機嫌良く中華鍋を振るう。
今日は朝から店がパンクしそうなくらい忙しかった。
しかし最近じゃバイトもようやく慣れてきたのか、どうにか上手く回せるようになってきた。
まぁ、三回に一回は妙な聞き間違いで店にはない謎メニューを伝えてきて、客と厨房に衝撃が走るのだが。
で、銀杏切りを胃腸切りするような調理レベルなのは変わらないので、厨房にはまだ入れる事は出来ない。
色々問題アリで使えないバイトではあるが、このところかなりシフトを入れてくれるのでとても助かっている。
しかし何故だろう。
日に日にバイトの顔色が悪くなってきているような気がするのは。
俺は奥で肉を切り分けている藤崎さんに近寄って相談してみた。
「藤崎さん、あの…バイト……結城なんですけど、ちょっと顔色悪く見えませんか?何か時々フラフラしてるみたいだし」
「東雲さんも気付きましたか。いえ、私もそれに気付いて、朝から言おうと思ってました。でも若い女の子ですから、その…聞いてもいいものか迷ってたんです」
俺がそう言うと、いつもは寡黙な藤崎さんがパッと顔を上げて俺を見てきた。
やはり誰が見ても具合が良くない事は確かだ。
しかしだ。
藤崎さんが危惧するように、あの年頃の女の子に体調の事を聞くのはセクハラだと思われるのではないか?
それを思ってか、藤崎さんは可能な限りバイトとの接点を薄くしているようだ。
二人とも女子免疫無さすぎじゃね?
つか藤崎さん、あんた結婚してるよね?
だが俺はそういうワケにはいかない。
一応ここの経営をしている代表者であり、責任者だから。
その時、逆に料理を運ぶバイトの足元がグラついた。
思わず駆け寄りたくなったが、すぐにバイトは体勢を整え、客のテーブルへ皿を置く。
見ているだけでヒヤヒヤするんだが。
今はただでさえ、男がとか女がとか言うと色々問題になる時代だが、やはりあれは見過ごせない。
「いや、でも聞いた方がいいですよね。何か辛そうだし」
「そうですね。東雲さん、お願いします」
「えっ、俺?」
やっぱりというか当然俺は日和った。
直前まで自分で行くつもりでいたのにだ。
いやいやそこは年長者が行くべきでしょ。
俺は思わず大声になりそうになるのを必死で堪えた。
「いえ。ここは社長が行くべきかと。社長が従業員の健康を確認する事は大切です」
「ここぞとばかりに社長二回も言いましたね」
やはり俺がいくしかないという事だ。
年配女子には自然に話せるのに、同年代女子には何故こんなにグダグダになるのだろう。
俺は出来るだけ平静を装って、バイトへさり気なく近寄った。
「な…なぁ。お前、大丈夫か?何か顔色悪いけど」
すると長い前髪の下の大きな瞳が一層大きく見開かれた。
明らかに動揺している。
「だっ…大丈夫です。平気です。こんなの。ちょっとお稽古と撮影で二、三日寝てないだけで…でもこんなのよくある事で」
バイトは両手を振って身振り手振りで矢継ぎ早に説明してくる。
何だか必死すぎないか?
撮影って、こいつ配信者なのか?
なら後でコッソリ探してみるかな。
あ、キモいって言うな。
そしてお稽古って何だ?
最近の習い事ってそんな寝かしてるもらえないくらいハードなのか!?
頭の中をいくつもの疑問符が飛び交う俺に、バイトは病的な笑みを浮かべて俺の横を通り過ぎようとする。
その時、バイトの黒目が上に上がり、白目を剥くのがスローモーションのように見えた。
そして咄嗟に出した俺の両腕の中に倒れ込んできた。
「結城!?」
それを見た店内は一気にパニックになった。
どうしよう。
俺は何をどうしたいいのかわからず、意識を失い腕の中でぐったりするバイトを抱え、頭の中では心配や不安と同時に、バイトの身体柔らかい、いい匂いがするだの、これ、どう見てもらいむじゃんだのと、大変な事になっていた。
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