第2話「銀テープの謎」

「そろそろ……だよな」



俺は今日、何度目かになる店の真ん中に設置された時計を見上げため息を吐いた。


今日は空色ライムのライブがある日だ。

本音を言うとかなりというか、辛抱出来ないくらい行きたい。


だが俺には先代から引き継いだ大切な店がある。

そして来店してくれる大切な客がいる。



この仕事を選んだ以上、優雅に推し活なんて出来るはずもないのだ。

残念だが諦めるしかない。


俺はいつも通り、今日もラーメンを作り、チャーハンと餃子を同時に炒め、焼きまくる。


今日も店は大繁盛だ。

ドームが近いので野球の試合があるとウチの店はいつもこんな調子でワンオペでは手が回らない。


頼れる藤崎さんはお孫さんの保育園のお迎えがあって、ひと足先に上がっている。



しかし今の俺には心強い仲間がいる!

使えないバイトが…。


使えないのはこの際仕方ないと割り切る。

今は猫だろうが犬だろうが、何でもいいから手が欲しい。


ちなみにバイトが来る時間はもうとっくに過ぎ去っていて、30分くらい経っている。

しかし今日用事があって少し遅れるとバイトから事前に連絡をもらっているので承知済みである。


多分ヤツはいくつかバイトを掛け持ちしているのだろう。

そこは面接の時に確認している。

バイトは週二回。

時に遅れる事があると。


こちらもあまり多く来てもらってもバイト代を出せないので、そこは寛大なつもりだ。


そうこうしているうちに、店の外から猪のようなバタバタという蹄のような足音が響き、勢いよく扉が開いた。




「スミマセン!大将。遅くなりました」




入って来たのは汗まみれでボサボサの髪のバイトだった。

無地のTシャツに下はズルズルでダボダボに乗り切ったレギンスに足ツボの突起のついた健康サンダルだ。


一体どこの飲み屋から現れたんだよとツッコミを入れたくなるような格好だったが、ちゃんと来てくれたのはありがたい。



「お…おぅ。別に事前連絡さえあれば遅刻は咎めないって約束だからな。それにしても、すごい疲れてないか?何かボロボロに見えるんだが」



「あ…あははは。ちょっと色々あって。でも大丈夫ですから」




額から滴り落ちる汗を乱暴に腕で拭い、こちらへ向けられた笑顔はノーメイクなのに眩しいくらい可愛い。

おまけにライムと同じ笑うとエクボまで現れる。

こういうところまで一緒なのかよ…。


しかし、一体バイトはここに来る前にどんなトコで働いていたのだろう。

あの消耗した姿を見るに、相当キツそうな仕事ではないだろうか。


引っ越し屋とか、建築資材の搬入とか…。

大丈夫なのだろうか。

俺がもう少し給料をやれたらいいのだが。




「じゃあちょっと上で着替えてきますね」



「あぁ。わかった…ん?」



「どうかしましたか?大将」




バイトが着替えを置いてある店の2階へ上がろうと踵を返した瞬間、キラリとバイトの髪の間に光るものを見た気がした。

振り返るバイト。


俺はほとんど無意識にバイトの髪に手を伸ばしていた。




「何だ、これ……。おい、バイト。お前髪に何かついてるぞ」




「ひっ……」




手にグシャリという軽くて薄いものを潰した感触が伝わる。

良く見ようと手を広げかけたら、バイトがすぐに何かに気づいたようにそれをむしり取るように奪った。



「はっ、あわわわっ。何でもないんです。ゴミですよ。ゴミ。やだなぁ…あははは。もう。汗でゴミまで貼りついちゃって」



「うっ…あぁ。そうか」




一瞬だがバイトの手が俺の手に触れた。

温かくて柔らかな感触で頭の中が満たされる。


まだその感触に酔いしれている俺の横をバイトは素早く通り抜け、階段を駆け上がって行く。



バイトはあれをゴミだと言っていた。

だが俺は先程のバイトの髪にあった物に心当たりがあった。




「あれは……銀テだよな」




銀テとは銀テープの略で、よくライブやコンサート等で派手な音と共に噴出されるテープの事だ。


ツアー毎に種類も違っていたり、中にはアイドル本人がメッセージを書いた物もあったりするので、時には争奪戦になる事もある。


あれは切れ端みたいな長さだったが、多分そういう類のものだ。


何故バイトの髪に銀テなど絡まっていたのだろう。

それにあの消耗したような姿。


その時、勘のいい俺は確信したね。




「あいつ、ライブスタッフのバイトまでやってんのか。大変だな…」




バイトが何故そんなに稼がないとならないのかはわからないが、俺に出来る事は店を今より大きくして、バイトにもっと給料を払えるようにするしかない。




「気合い入れるか!」




俺は前掛けをギュッと締め直すと、自分に気合いを入れた。



「あれ…。そういえばバイト遅いな。まさか着替え中に倒れてるんじゃないよな」




俺はこの店の2階の部屋に住んでいる。

その内の一部屋をバイトの着替えように提供しているのだ。


いや、女の子だから着替えは俺のようにその辺で適当にというわけにはいかないだろう。

俺にだってそのくらいの常識はある。


だが、着替えにしてはちょっと遅い。




「様子……見に行った方がいい…のか?でも店もあるからなぁ。いや、倒れてないかチラッと見るだけなら…」




何故か俺の喉がゴクリと鳴った。
















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新しく雇った使えないバイトが推しにそっくりなのだが 涼月一那 @ryozukiichina

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