大河ルルリスと都市国家(四)

 半獣人ベスチアのペチ君は責を問われることなく退室したが、その後の会議は意外にも紛糾ふんきゅうした。


「これは国家の大事である! 半獣人ベスチア一匹のためにミゼルと事を構えるおつもりか!」


「いいや、彼らはまぎれもなくコタールの民である! 民を守らずして何のための城塞か!」


 どうやらコタール王国は常に隣のミゼル伯国との争いに悩まされており、何かにつけていざこざが絶えないらしい。

 その原因の多くはやや知性に劣り感情に流されやすい半獣人ベスチアであり、彼らを厳しく罰せよ、揉め事を起こした者は隣国に差し出せという者、逆に彼らを守護せよ、半獣人ベスチアのおかげで我が国は成り立っていると主張する者。意見は真二つに割れて感情的な対立にまで発展してしまっている。

 なぜ他国の勇者が同席しているのか! と私達を指差す者まで現れて会議は揉めに揉めたが、結局ヘンリー城主は国境の警戒を厳とすること、こちらからは手を出さず防御に徹することのみを決めて散会となった。




「やれやれだ。妥協とか折り合いとか中庸とか、大人の言葉を知らんのかね、あいつらは」


「どっちつかずって言葉が抜けてるぜ、公爵殿」


 ヘンリー城主と私達だけが残った会議室、激論の残滓ざんしが残る中で苦笑を浮かべる二人。

 もしかするとこれがヘンリーさんの評判が悪い原因かもしれない、と私は先程までの会議を思い浮かべた。国の安定のためには半獣人ベスチアなど差し出せと主張する者、彼らの信を得ることこそ肝要と主張する者、どちらの意見を採ったところでもう一方からは悪く言われるだろう。公爵様が置かれた立場はなかなかに難しいものだった。


「やれやれだ。とやり合うのは骨が折れるんだがな」


「いいのか? 飲んだくれエブリウス、体調は……」


「他にまともに戦える奴なんていねえだろ。だって収まりがつかないと困るんじゃねえか?」


 やれやれどっこらしょと腰を上げる師匠だが、私には二人の話の内容がさっぱりわからない。察するに飲んだくれエブリウスさんが誰かと戦うことになるのだろうか、それもヘンリーさんとも旧知の誰かと。


 やっぱりヘンリーさんに神託装具エリシオンの代償のことを伝えておくべきだっただろうか。まだ体調が戻りきらない飲んだくれエブリウスさんに無理をさせるわけにはいかないけれど、どうやら他に頼めるような人がいないようだ。私は事情が理解できないままに、ただこの人についていく事だけを決めた。




 コタール王国とミゼル伯国とは両国を隔てる森と湿地を緩衝地帯としているものの明確な国境線というものは無く、双方が都合良く解釈しているためいさかいが絶えないという。

 そのような係争地に他国の勇者である私達が絡めば話がややこしくなる、かと言えばそうでもない。勇者などというものはあくまで『何者かが認定し、その勢力範囲内において特権を享受きょうじゅする者』であって、その範囲外においては民間人と何ら変わりは無い。私達がコタール王国で歓待を受けたのも先方の厚意によるものであって正式な使者ではない、というのがイスマール侯国の立場だ。


 つまり私達はこの地において何の特権も持たず、仮に死亡したところで墓も立てられず、侯国は「我が国は一介の勇者の行動などに関与していない」と強弁することになる。本来ならば師匠も首を突っ込みたくない事案のはずだが、そのあたりは個人的な友誼ゆうぎを優先させたという事なのだろう。




 森と湿原の境目でにらみ合う両軍の兵士。互いに完全武装の四十名ばかりの集団が槍を立て、隊列を整えている。

 一触即発……と言いたいところだが、実のところそうではない。ミゼルあちら側の兵士はことさら騒ぎ立てつつ挑発を繰り返しているのに対して、コタールこちら側の兵士はおびえの色すらにじませてそれに耐えている様子。私にもその原因はすぐにわかった。


「あれ? あの人は……」


 食人鬼オーガー見紛みまがうほどの雄大な体格、黒髪に黒一色の軍装、敵陣の中央で無言の圧力を加えているのは幼子おさなごですらその名を知る勇者だった。


黒の勇者アトムールさん!」


 黒の勇者アトムールチェスター、神聖勇者セイクリッドアリオスと並び称される人類の希望。そんな人がどうしてここに。呆然と口を開けるばかりの私に構うこともなく、黒の勇者アトムールさんの雄姿にひるむこともなく、飲んだくれエブリウスさんはふらりと歩みを進めた。


「よう、黒の勇者アトムール。お勤めご苦労さん」


「こちらの台詞だ、飲んだくれエブリウス。遠くまでご苦労なことだ」


「ものは相談だ。俺に免じて退いちゃくれねえか」


「俺にそんな権限は無い。こちらの隊長に言ってくれ」


「はっ、他の奴らなんざ知るか。お前に言ってんだよ」


「それはあんたが俺の相手をしてくれるという意味か?」


「んなこと言ってねえよ。帰れ帰れ」


「悪いが手ぶらで帰る訳にもいかなくてな。少々遊んでもらうぞ」


「話の通じねえ奴だな、まったくよ」




 互いを軽くののしりつつ、どこか楽しそうな表情を見せる二人の勇者。

 誰か旧知の人と戦うのだろうとは思ってはいたけれど、まさかこんな所でこんな相手と戦うことになるなんて。私は想定外の事態にと慌てふためくばかりだった。


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