大河ルルリスと都市国家(三)

 コタール王国はその町自体が一つの国である都市国家だが、その南部国境地帯にコステア城塞という出城を一つ有しており、公爵であるヘンリーが城主を務めている。


 私達はコタールからさらにルルリス川をさかのぼってそのコステア城塞にも農産物を届けたのだが、まずその規模に驚いた。兵士と民間人を合わせて千人余りが起居するコステア城はもはや一つの町と言って良いほどで、大きさだけならばロッドベリー砦と遜色そんしょくがない。

 さすがに城壁の高さや防衛設備では見劣りするものの、楕円形や星形といった妙に特色のある軍事施設が立ち並び、それぞれ異なる意匠の物見やぐらでは常に見張りの兵士が目を光らせている。国境を守る重要拠点として士気は高いようだ。




 さて。このコステアでも情報を収集するべく、荷揚げに忙しい輸送隊の隊長さんに声をかけて私達は市場バザールに出かけた。やや体調が戻った様子の飲んだくれエブリウスさんは、まだ午前の早い時間だというのに屋台で麦酒エール烏賊いかの干物を買い求めている。少し具合が良くなったと思ったらこれだとあきれてしまう。


「うわあ……」


 ともかく、市場バザールが開かれているという通りを見て私は感嘆の声を上げてしまった。

 幅の広い街路の両側に屋台と露店が所狭しと並び、野菜、果物、穀物、肉、魚、干物、酒類、それだけではない。衣料品から装飾品、日用品、武具の類まで何でも揃ってしまいそうだ。

 しかも店主も客も半数ほどが亜人種か半獣人ベスチアで、さながら人種の品評会のようだ。異国情緒に溢れたその雰囲気に呑まれてしまい立ち尽くす、その私を呼び止める声があった。


「やあ、飲んだくれ二世。買い物かい?」


「え? えええええ!? ヘンリーさん!?」


 立派な体格とは対照的に軽薄そうな表情、ねずみ色の作業服。どう見ても土木工事の作業員といった風貌ふうぼうの青年は、確かにコタールで歓待してくれたあの人だった。


 小国とはいえこの人は一応ここの城主を務める公爵様だ、こんな所にふらりと現れて良いのだろうか。驚きのあまり口を半開きにする私だったが、その疑問には烏賊いかの足を口元から覗かせた師匠が答えてくれた。


「こいつは王様より建築家になりたかったんだってよ。だから出城の城主になって好き放題やってやがるのよ」


 なるほど、先ほど見た前衛的な形の軍事施設はこの人が造ったものかと得心する。中がくり抜かれた楕円形の兵舎、星形二階建ての催事場、斜め白黒のしま模様に塗られた物見やぐら、ずいぶんと主張が激しい建物だと思ったものだ。


「まあ、そんなところだ。良かったら案内するよ、そういう任務で来たんだろ?」


 両手を広げて片目をつむるその動作も口調もやっぱり軽薄だけれど、そのぶん親しみやすくはある。それに景況調査をするにはこれ以上ない案内役だ、なにしろこの城のことをすべて知り尽くしているどころか自分で手を加えている人なのだから。




「どうだい、この兵舎。全ての部屋から外か中庭のどちらかが見えるようになってるんだ。明るくて最高だろう」


「はあ、そうですね……」


「物見やぐらしま模様にしたのは、敵兵の遠近感を狂わせるためさ。これは幻惑迷彩といって……」


「はあ、そうなんですね」


 それぞれにこだわりがあるのは良くわかったのだけれど、肝心の実用性はどうなのだろうと疑問が湧いてくる。ついでに言えば統一感というものがなく、古く画一かくいつ的な建物と新しく前衛的な建物が混在しているのが目に優しくない。どうやら私の反応が薄いと見て取ったのか、説明は町の様子に移った。


「ここはコタールよりさらに半獣人ベスチアが多いだろう? 彼らは素直だしよく働いてくれるけど、他の多くの国では差別されて、迫害されたりするんだ。だから余計にこの町に集まってくる」


 そう語りつつ、飲んだくれエブリウスさんと同じように屋台で麦酒エールを買い求めるヘンリーさん。猫耳の店員さん、狸顔の露店のお婆ちゃん、気軽に挨拶を交わして市場バザールを練り歩く。この人柄のためか、半獣人ベスチアの皆さんにずいぶんと親しまれているようだ。


 だがそのヘンリーさんに近づき、何やら耳打ちする人が現れた。引き締まった体つきに鋭い目つき、実用的な佩剣はいけん、目立たない私服を着ているがどう見ても職業軍人だ。どうやら隠れて護衛している人がいたようだと安堵あんどしたものだが、うなずくヘンリーさんの顔はやや厳しくなっていた。


「悪い、仕事ができた。案内はまた今度だ」


 彼は麦酒エールを一気に飲み干して言ったものだが、同じようにグラスを空にした飲んだくれエブリウスさんの表情も不敵なものになっていた。


「俺の出番はないのか? タダ酒の分くらいは働いてやるぜ」


「……そうだな、そうなるかもしれない。一緒に来てくれ」




 コステア城塞にもやはり壮麗な城というものは無く、ヘンリー城主に続いて入ったのは司令部施設。どんな奇抜な建物かと思いきや木造の平屋建てで、木目を活かした明るく開放的な屋内だった。天井の大きな採光窓が自慢だという説明も欠かさず付け加えるところはさすが建築家といったところだろうか。


 上部の解放空間から陽光が差す会議室、そこには既に数名の兵士さんと幹部らしき軍人さんが顔を揃えており、両脇を兵士さんに固められた白い犬の半獣人ベスチア強張こわばった顔で私達を振り返った。


「待たせて悪い。状況を聞かせてくれ」


 兵士さんいわく、この子が狩りの獲物を追いかけているうちに緩衝地帯である森を抜けて隣国ミゼルに至り、国境の向こう側で獲物を仕留めたのだという。それを見とがめたミゼルの兵士に国境侵犯だとして殴られた上に獲物を奪われ、それを知ったコステアこちら側の兵士との間で小競り合いが起きた。両軍に負傷者が出たことから事態が拡大する恐れがある、城主様のご判断を仰ぎたい、というものだった。この報告を聞いたヘンリー城主は落ち着いた声を上げた。


「ふむ。名前は?」


「……ペチです」


「獲物を追ってミゼル国に侵入したこと、間違いないか?」


「そ、そうです。ごめんなさい」


 半獣人ベスチアの年齢はよくわからないけれど、この子は見た目も声もまだ幼いようで、尻尾を股の間に挟み、見てわかるほどに震え、この世の終わりのような顔で目に涙を浮かべている。何とかしてあげたいけれど私の立場でできる事なんて……と気の毒に思うばかりだ。


「わかった。あとは俺の仕事だ、帰っていいぞ」


「ぼ、僕、公爵様にご迷惑をおかけしました。どうすればいいですか?」


「そうだな。ペチ、家族はいるか?」


「は、はい。お母さんと、妹と、妹がいます」


「そうか、では帰って心配ないと伝えろ。そして今日はゆっくり休み、明日また狩りに出ろ。それがお前の仕事だ」




 安心したように尻尾を垂らし、耳を立たせて何度も頭を下げて出ていくペチ君。私は聞こえないように安堵あんどの息をき、人の評判などあてにならないものだと反省した。


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