大河ルルリスと都市国家(二)
都市国家コタールには王城というものが無く、国王の住居も小高い丘の上に建つ三階建ての屋敷というものだった。ただその敷地は広く、白い石壁に水色の屋根という爽やかな色彩が周囲の緑に映えている。
その館で開かれた歓迎式典は、『大討伐』の前夜祭に慣れた私にはこじんまりとしたもののように思えた。
招かれたのは
料理も昼間立ち寄った飲食店で供されたものとさほど変わらない。白身魚のフライ、鶏肉と夏野菜の炒め物、
「イスマール侯国の皆さん、コタール王国にようこそ。今年も食料を輸送して頂きありがとうございます。ささやかですが酒宴を用意しましたので、長旅の疲れを癒してください。それでは乾杯」
太子アンドリューは二十代前半と見える若者ながら落ち着いた印象で、病床の国王に代わって既に国政を取り仕切っている貫禄が
「遠方からの船旅は大変だったでしょう。体調など崩されませんでしたか?」
「あ、いいえ! 丈夫なだけが取り柄なので!」
「リナレスカさんは
「そうなんですね。師匠はお兄さんのヘンリー公爵と仲が良いと聞いています」
「ええ、困ったことに。また飲みすぎなければ良いのですが」
人好きのする苦笑を浮かべて杯を掲げ席に戻る王太子、他国の使節に対して完璧と言って良い対応だ。一方、兄のヘンリーはといえば……
「ぶはははは! そいつはいい、飲んだくれの弟子は飲んだくれってな!」
均整の取れた体はしっかり引き締まっているし顔の造形も悪くはないのだが、軽薄な表情と大口を開けた笑い方がどうにも印象が悪く、様々な悪評を肯定してしまっている。おまけに酒の
いつどこの国においても、第一王子を差し置いて他の王子が太子となるのは国が乱れる元だという。
ただこの二人、仲が悪いようにも見えない。そもそもこのような式典に一緒に顔を出すこと自体がそれを表しているし、今も遠慮なく直接言葉を交わしている。
「ふいー。ちょっくら飲みすぎちまったかな」
「大丈夫ですか!? もう休みましょう、部屋まで送りますから」
飲んだくれの名に
館の中に用意してもらった部屋の寝台に寝かしつけ、温かそうな羽布団をかぶせる。覗き込んだその顔は青白かったが、呼吸は少し落ち着いたようだ。
「水差しはここです。私は隣の部屋にいますから、いつでも呼んでくださいね」
「おう、悪いな」
この素直さがなんだか寂しく感じる。うるせえ馬鹿野郎とか、余計なお世話だクソガキとか、以前のように口汚く
そんな複雑な思いを抱えつつ後ろ手に扉を閉めると、すぐ近くに人の気配を感じて身構えた。思わず腰に手を伸ばしたがそこに愛用の長剣は無い、館に入るときに預けてしまったから。
「なあ、だいぶ悪いのか?」
そう声を掛けてきたのはヘンリー、第一王子にして公爵たる身がなぜこんな所に。
「あの人のことだよ。酒の味もわからない、酒宴を早く切り上げる、らしくねえよ。どこか体が悪いんじゃないのか?」
重ねて問われて言葉を失った。先程までの軽薄そうな態度は深刻な表情にとって代わり、心から友人を心配する誠実さすら浮かんでいる。それにこの洞察力、もしかしたらこの人は噂に聞くようなうつけ者ではないのかもしれない。
「ええ、ちょっと……」
それでもヘンリーさんに
「そうか。気を付けてやってくれ、俺からも頼むよ」
彼はそう言って頭を下げた。小国とはいえ第一王子であり、公爵閣下である人が、一介の勇者に対して。
おそらく身分のある者の中にはこういった態度を好ましく思わない人もいることだろう、悪い噂の出どころはそこかと、私はこの人に対する認識を少し改めた。
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