大河ルルリスと都市国家(二)

 都市国家コタールには王城というものが無く、国王の住居も小高い丘の上に建つ三階建ての屋敷というものだった。ただその敷地は広く、白い石壁に水色の屋根という爽やかな色彩が周囲の緑に映えている。


 その館で開かれた歓迎式典は、『大討伐』の前夜祭に慣れた私にはこじんまりとしたもののように思えた。

 招かれたのは飲んだくれエブリウスさんと私の他に輸送隊の幹部が五名、迎えるコタール側も国王は病気を理由に欠席、出席したのは太子アンドリューと公爵ヘンリー、他には十名ばかりの騎士と給仕を務める女性が数名というものだった。


 料理も昼間立ち寄った飲食店で供されたものとさほど変わらない。白身魚のフライ、鶏肉と夏野菜の炒め物、南瓜かぼちゃのスープ。ただお酒は葡萄酒だけでも七種類を数えるほどで、それぞれ産地の名前を冠した名前と特色があり、飲み比べているうちについ気持ち良くなってしまいそうだ。




「イスマール侯国の皆さん、コタール王国にようこそ。今年も食料を輸送して頂きありがとうございます。ささやかですが酒宴を用意しましたので、長旅の疲れを癒してください。それでは乾杯」


 太子アンドリューは二十代前半と見える若者ながら落ち着いた印象で、病床の国王に代わって既に国政を取り仕切っている貫禄がうかがえる。自ら足を運んで輸送隊の隊長さんをねぎらい、それだけでなく一人一人に話しかけては談笑し、一国の太子として十分すぎるほど責任を果たしている。一介の勇者である私にまで親しく声をかけてくれたほどだ。


「遠方からの船旅は大変だったでしょう。体調など崩されませんでしたか?」


「あ、いいえ! 丈夫なだけが取り柄なので!」


「リナレスカさんは飲んだくれエブリウスさんのお弟子と聞きました。彼にはよくお世話になっています」


「そうなんですね。師匠はお兄さんのヘンリー公爵と仲が良いと聞いています」


「ええ、困ったことに。また飲みすぎなければ良いのですが」


 人好きのする苦笑を浮かべて杯を掲げ席に戻る王太子、他国の使節に対して完璧と言って良い対応だ。一方、兄のヘンリーはといえば……


「ぶはははは! そいつはいい、飲んだくれの弟子は飲んだくれってな!」


 飲んだくれエブリウスさんと葡萄酒の杯を重ねて、すっかり出来上がってしまっている。


 均整の取れた体はしっかり引き締まっているし顔の造形も悪くはないのだが、軽薄な表情と大口を開けた笑い方がどうにも印象が悪く、様々な悪評を肯定してしまっている。おまけに酒のさかなに私を使っているのも何だか腹立たしい、これはうちの師匠が悪いのだと思うけれど。


 いつどこの国においても、第一王子を差し置いて他の王子が太子となるのは国が乱れる元だという。

 ただこの二人、仲が悪いようにも見えない。そもそもこのような式典に一緒に顔を出すこと自体がそれを表しているし、今も遠慮なく直接言葉を交わしている。飲んだくれエブリウスさんは兄であるヘンリーが弟に「王位を押し付けた」と言っていた、この二人にはどのような事情があるのだろうか。




「ふいー。ちょっくら飲みすぎちまったかな」


「大丈夫ですか!? もう休みましょう、部屋まで送りますから」


 飲んだくれの名に相応ふさわしくもなく、酒宴が始まって一刻ほどで椅子に倒れ込んでしまった師匠。いつものこの人ならば一人でも夜半過ぎまでお酒を飲んでいるものだが、やはり神託装具エリシオン代償デメリットが癒えていないのだろう。肩を貸して廊下を歩き始めるとその体がやけに軽く感じて、嫌な予感に胸を掴まれてしまった。

 館の中に用意してもらった部屋の寝台に寝かしつけ、温かそうな羽布団をかぶせる。覗き込んだその顔は青白かったが、呼吸は少し落ち着いたようだ。


「水差しはここです。私は隣の部屋にいますから、いつでも呼んでくださいね」


「おう、悪いな」


 この素直さがなんだか寂しく感じる。うるせえ馬鹿野郎とか、余計なお世話だクソガキとか、以前のように口汚くののしってほしいなどと思うのは可笑おかしいだろうか。

 そんな複雑な思いを抱えつつ後ろ手に扉を閉めると、すぐ近くに人の気配を感じて身構えた。思わず腰に手を伸ばしたがそこに愛用の長剣は無い、館に入るときに預けてしまったから。


「なあ、だいぶ悪いのか?」


 そう声を掛けてきたのはヘンリー、第一王子にして公爵たる身がなぜこんな所に。


「あの人のことだよ。酒の味もわからない、酒宴を早く切り上げる、らしくねえよ。どこか体が悪いんじゃないのか?」


 重ねて問われて言葉を失った。先程までの軽薄そうな態度は深刻な表情にとって代わり、心から友人を心配する誠実さすら浮かんでいる。それにこの洞察力、もしかしたらこの人は噂に聞くような者ではないのかもしれない。


「ええ、ちょっと……」


 それでもヘンリーさんに神託装具エリシオン代償デメリットのことを伝えるには、まだ理解が足りない。この人が本当に信用に値するのか、飲んだくれエブリウスさんの力になってくれるような人なのか。なにしろここは異国の地で、この人とは今日ほんの少し言葉を交わしただけなのだから。


「そうか。気を付けてやってくれ、俺からも頼むよ」


 彼はそう言って頭を下げた。小国とはいえ第一王子であり、公爵閣下である人が、一介の勇者に対して。

 おそらく身分のある者の中にはこういった態度を好ましく思わない人もいることだろう、悪い噂の出どころはそこかと、私はこの人に対する認識を少し改めた。


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