大河ルルリスと都市国家(一)

 山の木々が赤く黄色く色づきはじめ、そのふもとでは刈り取られた麦がその株をさらす。収穫を終えた水田では僅かに残されたもみを雀がついばむ。四方が色鮮やかに染まる中、来年に備えて耕された畑が黒々と存在を主張する。


 大討伐を終え、農作物の収穫を済ませたこの季節。大きく数を減らした妖魔は鳴りを潜め、ロッドベリー市の勇者であった頃の私は急に仕事がなくなって、土木工事の作業員や酒場の接客係ウェイトレスの仕事に精を出したものだ。


 だが侯国勇者にはまた別のお仕事があるのだと、私は初めて知った。各国に穀物を始めとする農産物を輸出する船団を護衛せよと命じられたのは七日前。いま私は川を下る船の甲板に立って川面を見下ろしている。




 どちらに向かっているのかわからないほど緩やかな流れ、両岸ははるか遠くにかすむだけ。大河ルルリスを南西にさかのぼる輸送船団、十五そうの帆船に分乗したのは兵士と民間人を合わせて総勢三百名余。

 順風とはいえ船で川をさかのぼることができるのには驚いたが、何なら逆風でも構わないと聞いた時にはさらに驚いた。補助の推進力としてかいを使うこともできるが基本的には風の力だけで進み、悪天候の場合はいかりを下ろして停泊するという。


 さて護衛とは言っても彼らは正規軍だしここは川の上、私が守る必要などない。実はこの任務には隠された意味があり、独自の行動を取ることができる私達が各国の情勢を見聞きして情報を持ち帰るというのが本当の役目だ。

 人口構成、民度、景況感、イスマール侯国に対する友好度、等々その項目は多岐に渡り、帰国後は侯爵様を始めとした侯国首脳部に報告する。もちろん駆け出しの私にいきなりそんな大役が務まるはずもなく、経験豊富な先輩と共に任に当たることになった。その先輩とは……


「うわあ、魚が跳ねましたよ! 見てください、ほら!」


「うるせえな、ガキかてめえは」


 やっぱりこの人だった。共に輸送船団の護衛を務めるのは侯国勇者飲んだくれエブリウス、これには複数の理由がある。

 船団はルルリス川沿いにある三つの都市に農産物を届けるのだが、最初の訪問先であるコタール王国の第一王子ヘンリーとの関係が良好であること、だが当の飲んだくれエブリウスさんの体調が未だ戻りきらないこと、そしてその不調を知るのが私だけであること。侯爵様も本当は無理をさせたくないのだろうが、この人でなければならない事情があるようだ。


「ヘンリーさんっていうのはどんな方なんですか?」


「口の悪い馬鹿野郎だ。弟に王位を押し付けてしてやがる」


 この人が言うことだから多少割り引いて考える必要があるだろうけど、私が事前に聞いたところでもヘンリー王子の噂はあまりよろしくない。病床にある父王の指名を断って第二王子アンドリューに太子の座を押し付け、自身は公爵にほうじられて好き放題に暮らしているという。

 伝え聞く人柄も軽薄、落ち着きがない、飲んだくれ、うつけ者、第二王子がまともで良かった……等々さんざんなもので、まだ会ったこともないというのに身構えてしまうほどだ。




 穀物を満載した船団は季節風に乗り、時にはかいを使って順調に川をさかのぼり、十数日の旅を終えて無事コタール王国に到着した。水路に面した鉄扉が開け放たれ、物資ごと小舟に分乗して大きな門をくぐる。

 都市国家群の多くは町全体を城壁に覆われた城塞都市で、このコタールも例外ではない。町をぐるりと囲む城壁の高さはロッドベリー砦の南壁ほどもあるだろう。


 待機していた官吏にイスマール侯国からの物資を運搬してきたと告げ、積荷の三分の一ほどを運河沿いの倉庫に収め、これで輸送隊の仕事は一段落といったところだが、私達の仕事はこれからだ。飲んだくれエブリウスさんと私はコタール王国の情勢に関する情報を収集するべく市街地に繰り出した。




 コタールは王国を名乗っているとはいえ人口十五万ほどの小国で、町の中に入ってみると押しなべて建物は低く、教会や集合住宅に至るまで二階建てまでの高さに揃えられている。これは一帯の土地が水分を多く含んでいて地盤が緩く、高い建築物を作ると傾いてしまうという事情があるそうだ。

 そんな中でも家や商店は見た目に工夫を凝らしており、白い漆喰しっくいの壁に見たこともない紋様が描かれていたり、屋根が色彩豊かな色に塗られていたりと独特の街並みを作り出している。


 大小二十を超える都市国家群は互いに争ったり手を組んだりしているが、外敵に対しては結束するという不文律があるという。それぞれ独立した国であるためか価値観や文化は実に多様で、町によっては亜人種や半獣人ベスチアも珍しくないという。そしてこのコタールはといえば……


「うわあー! あれって森人族エルフじゃないですか!? こっちは狐の半獣人ベスチアですよ!」


「じろじろ見るんじゃねえ。見世物じゃねえんだぞ、お前が奴らの立場だったらどう思う?」


「うう……それもそうですね」


 街路を歩くのは華奢きゃしゃな身体と長い耳が特徴の森人族エルフ、樽のような丸々とした身体と豊かな顎鬚あごひげが特徴の土人族ドワーフ、狐、犬、兎、狸、様々な種族の半獣人ベスチア。事前に聞いた通りこの町の住民の四分の一ほどが亜人種か半獣人ベスチアだそうで、広場の噴水前では大道芸を披露する小柄な草人族グラスランナー、運河の岸には歌を歌って投げ銭チップをもらう人魚セイレーン、異なる種族が当たり前のように溶け込んでいる様子を見ているだけで楽しくなってくる。


 店先を覗けば土人族ドワーフの細工物、森人族エルフの魔装具、半獣人ベスチアが耳や尻尾を手入れするための道具。私が知っている世の中はなんと狭かったのだろう、この世界には一体どれほど私が知らない常識が存在するのだろう。遠くの国には目からうろこが落ちるという表現があるというが、まさにこの時の私がそうだった。




 情報収集と腹ごしらえを兼ねて飲食店に入ると、ここでも様々な種族の様々な言葉が飛び交っていた。半獣人ベスチアは声帯の作りが違うため人間ファールスの共通語を発音しにくい、そのため彼らは独自の言語を持っているのだ、とは後から聞いた話だ。


「俺は麦酒エール腸詰めソーセージだ。お前はどうする?」


「ええと……」


 あまり豊富とは言えない品書きメニューから迷った末に好物のオムライスを注文すると、薄く塩味がついたご飯を卵で閉じただけの素朴なものが届けられた。とはいえお腹がすいていたのでお皿を持ち上げて盛大に口の中に掻き込んでいく。


「おい、バカみてえに食ってねえで仕事しろよ」


「ちゃんとやってますよ!」


「何を調べるんだった? 言ってみろ」


「人口構成、民度、景況感、イスマール侯国に対する友好度などです」


「ちっ、つまんねえ奴だな」


「何ですかそれ! 私だってちゃんと覚えてるんですからね!」


 この人は私がまた天然ボケノーバスを披露することを期待していたのだろうが、そうはいかない。


 だがとばかりに横を向いて丸パンを食べようとしたところ、かじり損ねたそれが手からこぼれてテーブルの上に跳ね、あろうことか飲んだくれエブリウスさんが置いた麦酒エールの杯に飛び込んでしまった。


 軽くひっぱたかれた脳天を押さえて、私はどうしていつもこうなってしまうのだろうと首をかしげた。




 ◆




 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。




 このお話に登場した『コタール王国』と『ヘンリー公爵』および関連人物は、あきこ様『戦う皇女ララの物語』


 https://kakuyomu.jp/works/16817330657692116483


からお借りしました。許可を頂きました作者様にお礼申し上げます。

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