あの日の勇者様と罪人の道(三)
陽が上り、私がまた街道の先を訪れた時には、もう彼は額に汗を浮かべて土を運んでいた。淡々と、黙々と。昨日は子供達に
「おはよう、トニオさん。今日も頑張ってますね」
「そろそろ寒くなってきたねえ。旦那の使い古しの上着を持ってきたからどうぞ」
道行く人が挨拶を交わし、感謝の言葉を伝えて歩き去っていく。しばらくすると商人風の男が訪れ、
「この街道が整備されれば我々は助かります。これはそのための投資です」
午後には農作業を終えたご夫婦が作業を手伝い、夕刻を迎える頃には一人、また一人と増え、夕食を囲んで帰っていった。彼は決して一人ではなく、勇者でこそなかったけれど、もう『こそ泥』でもない。そう思った。
あの日の真実を知った私はイセルバードに戻り、さっそくこの件を報告するとともに街道の整備を願い出た。きっと話のわかる侯爵様なら手を貸してくれる、そう思ったのだけれど……
「トニオさんはもうこそ泥ではありません。街道を整備すれば治安が良くなります、たくさんの人が喜びます。侯国が援助する価値があるはずです」
私としては理屈が通っていると思っていたのに、話を聞いたパニエさんは良い顔をしなかった。
「その者は罪を犯し、
「そんなあ! だって、トニオさんはもう十分反省して、みんなのためにって……」
「殺された子供の両親がそう言いましたか? トニオという者は出頭して罪を
「それは……」
「いくら善行を積もうと、それはその者の自己満足です。このような行いを認めてしまっては法というものの意味がありません」
いくら私の
でも
その私のあまりに情けない顔に同情したのか、パニエさんは仕方ないといった表情で
「……そのトニオとやらに物資を届けた商人は、私のような体型ではありませんでしたか?」
「あれ? どうして知ってるんですか?」
「水路の補修の際に余った工具や資材を処分するよう、最近ある商人に命じました。どのように処分したかまでは私の知るところではありません」
「え? ええと、ええと……それじゃあ?」
「侯国の立場は先程申した通りです。あとはご自分で考えなさい」
「じゃああの人はパニエさんが手配してくれたんですね!? なあんだ、最初から言ってくれればいいのに!」
「ちょっとあなたは! 私の言葉の意味が通じていますか!?」
さっきまで半泣きだった私は大理石の床に
パニエさんは
お金を渡す? 駄目だ、きっと受け取ってくれない。それに私一人が出せるお金などたかが知れている。
お手伝いに行く? 違う、私一人が手伝ったところでたいして役には立たない。それに自分の仕事を投げ出して行っても喜んではくれないだろう。
そうじゃない、そうじゃないんだ。そんな直接的なことじゃなくて、もっとこう、あの人が少しでも救われるような……そうだ、きっと私が私らしく生きて、あのとき救った小さな命が無駄ではなかったと思えるようになることが一番の恩返しに違いない。
そう思った私は慣れない手紙を書いた。いつもリージュや行政府の職員さんが困ったような顔をする下手くそな字だけれど、一生懸命に心を込めて。
『――――――トニオさんは勇者ではなかったけれど、私の恩人には違いありません。だからどうか、これ以上自分を責めないでください。必ずまた会いに行きます、それまでお元気で」
色とりどりの石畳で描かれた
国境の町ソルベからアルカディア、そしてロッドベリーへと続く百二十
ただの細道だったこの街道を作った人のことは、侯国の公式記録には残されていない。だがたった一人の罪人が作り始めたその道は多くの人々に利用され、彼の死後もその意志を継ぐ者達によってついに完成の日を見たことは公然の秘密として語り継がれている。
街道を見下ろす小高い丘の上、小さな花を捧げられた小さな
でもそれは私もトニオさんもいなくなった、ずっと後のお話。
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