あの日の勇者様と罪人の道(二)

 粗末な衣服をまとった汚れた男は黙々と道を作り続ける。雑草を抜き、石をどけ、邪魔な木をり倒し、枝を払って路肩に置き、土砂の流出を防ぐ。


「あなたが忘れても、私は覚えています。背中の火傷やけどはあの時のものですよね?」


「……」


 私はこれでも土木工事の経験がある。ロッドベリー市の勇者に認定されたばかりの頃は仕事もお金も無くて、水路や城壁の補修、さらいで日銭を稼いだものだから。土を運んだり踏み固めたりといった作業は慣れたものだ、何なら壁塗りだって足場の組み立てだってできる。


「私、あなたに憧れて勇者になりました。誰が何と言おうと、今のあなたが何だろうと、あなたは私の勇者様です」


「……」


 返事は無く、私は勝手に作業を手伝うことにした。一人ではびくともしない大きな切り株を梃子てこの原理で力を合わせて掘り起こす。切り株を道の端に捨て、空いた穴に土を入れて踏み固める。晩秋とはいえこんな力仕事をすれば全身汗だくだ。

 何も言ってくれない彼を手伝うこと半日、これほどの時間と労力をついやして整備できたのはたったの十メートル。ソルベの町から十キロ余り、一体いつから、どれほどの汗をこの道にしたたらせてきたのだろう。この道に懸ける思いとは何なのだろう。


 すっかり陽が落ちてさすがに汗が冷えてきた頃、作業を終えて歩きだしたトニオさんに勝手についていき、おそらく住居にしているのであろう粗末な小屋の前で焚火をする彼の前に勝手に座り、勝手に作った豆スープを差し出した。戸惑った表情に満面の笑顔で応え、食後に温めた葡萄酒を手渡すと、あの日の勇者様はようやく重い口を開いた。これは罪滅ぼしだ、と。





 若い頃、俺は文字通りの『泥棒』だった。勇者をかたって情報を集めては隙の多い家や商人を狙って盗みを繰り返し、老人をだまして金を奪い、何度捕まって刑期を終えてもまた繰り返し、それこそ『こそ泥トニオ』と呼ばれるのがお似合いの男だった。


 それでも殺しはしないのがせめてもの誇りプライドだったが、ある日盗みに入った家で幼い子供に見つかり、暴れ騒ぐその子を突き飛ばしたところ、家具の角に頭をぶつけて動かなくなってしまった。俺はとうとう人を殺した、だが不思議とその実感はなかった。泣き崩れる両親の姿を物陰から見ても何も感じなかった、その時は。


 そしてあの日。罪の重さを知らぬままに勇者をかたって訪れた村で、偶然にもドラゴンに襲われた。地獄が地上に現れたような光景を見ても、俺は好機だとしか思わなかった。村人が襲われているのをいいことに火事場泥棒をするつもりだった。だが……




「リナ! 戻ってきちゃ駄目!」


「来るな! 隠れてろ!」


 今まさにドラゴンに喰われようとしている村人が子供の名前を呼んだ。そうか、この子供はリナというのか。

 その時ふと思った、俺が殺してしまったあの子供にも名前があったのだろう。こんな人間のくずよりも数段な人生を送るはずだった子供を、俺がこの手で殺した。ようやく気付いたその事実は目の前のドラゴンよりも余程恐ろしかった。


 そうだ、このリナという子供の代わりに俺が死ねばいいのだ。どうせクソみたいな残りの人生など惜しくはない、最期ぐらい格好つけて、罪をつぐなったような気になって死ぬことができれば……




「あ、目を覚まされたのですね。良かった、勇者様のおかげで何人も生き延びることができました。お礼を言わせてください」


 だが死ぬことができなかった。俺は悟った、最期だけ勇者の真似事をして気分良く死んだくらいでは罪をつぐなえないのだと。

 だがの俺は本物の勇者のように強くもなければ度胸もなかった、背中の火傷やけどももはや戦えないほどに重かった。あらゆる町で盗みを働いた俺は名前を変えてもすぐに見つかり、どこにも住むことができなくなった。故郷に帰ってもそれは同じだった、当然のことだ。



 しばらく人里離れた山中に住み、考えた。せめて俺のような奴に人生を狂わされる人が少しでも少なくなる方法は無いものかと。

 幸いというべきか、日雇いで土木工事の経験があった。道が整備されれば商人や旅人の往来が安全になり、人々の暮らしが少しは良くなるのではないか。こそ泥の俺にはわかる、開けた広い道、起伏のない良い道に盗賊は現れない。商人や旅人が馬車で通れるようになれば追剥おいはぎは現れない、整備された街道にはやがて駅逓えきていができ、兵士が駐屯し、誰もが安全に往来できるようになる……




「町にも住めない罪人つみびとの俺には、これくらいの事しかできない。俺はいつかこの道の上で倒れて死ぬだろう、それでいい」

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