あの日の勇者様と罪人の道(一)

 リージュのことは心配だけれど、今すぐどうにかできるものでもない。ひとまずイセルバードに戻った私はさっそく、以前からお願いしていた人探しの件でパニエさんに呼び出された。


 私はその人をずっと探していた。ドラゴンに故郷の村が襲われたあの日、まだ幼かった私を身をていして助けてくれた勇者様。


 トニオさんという名前であることは生き残った村の人から聞いた。付近の妖魔を討伐するために数日前から村に逗留とうりゅうしていたらしいことも。

 なにしろ十年以上も前のこと、はっきりと顔を覚えているわけではないけれど、それと知って会えばわかるかもしれない。それに焼け落ちる家から私をかばって背中に火傷やけどを負ったと聞く、これだけの手掛かりがあれば各地の勇者名簿を見ればわかるだろう。会って一度お礼を言いたい、私はあなたのおかげで今を生きています、あなたに憧れて勇者の道をこころざしました。ありがとうございます……




 しかしロッドベリーどころか、これまでに立ち寄ったどの町の勇者名簿にも、イスマール侯国が認定した勇者の中にもその名前は無かった。侯国の情報部門をつかさどる騎士パニエさんに侯国じゅうの勇者名簿を取り寄せてもらい十数年をさかのぼって調べても同様で、主だった有力者が独自に認定している勇者ですらない。こんな事があるのだろうか、これはどう考えれば良いのだろうか。


「そうと決まったわけではありませんが……」


 パニエさんは応接室の柔らかい客椅子に弾力のありそうな体を沈ませ、お腹の前で両手を組んだ。


「誰にも認定されていない、という事です」


 パニエさんいわく、まれにそういう人がいるという。誰に認定されたわけでもない者が勝手に勇者を名乗り、認定勇者と同じように妖魔と戦ったり護衛を務めたりする。

 だがそのような行為にさほどの利点メリットは無いはずだ。勇者の身分を示す本人と認定者の名前入りの銀製のプレートが無ければ公式にそれとは認められず、商店から割引を受けることもなければ認定者から俸給を受け取ることもできないのだから。

 それでもそのような行為をするのは名を挙げて勇者として認定してもらおうとする者か、単に武力を示したい者か、それとも……勇者をかたって犯罪行為に手を染めている者か。過去にそのような例がいくつかあったという。


「トニオという勇者は侯国のどこにも存在しませんが、勇者を名乗って窃盗を繰り返していたトニオという者であれば、ピエニ神聖王国との国境に近いソルベの町にいるという噂があります」


 私は思わずパニエさんの顔を見た。この人は侯国唯一の女性騎士であり、侯爵様に重用されるほどの人だ。だが同じ智者でもエクトール君と違って情報を小出しにする癖があるようで、今回も何か知っているような、もっと言えば何かをたくらんでいるような気がする……とは考えすぎだろうか。


「侯国勇者はイスマール侯国の国益を考えて独自に動くことを許されています。罪を犯した者が現在どのような生活を送っているか、再犯の恐れはないかを確認するのも良いでしょう。報告をお待ちしていますよ」




 なんだかパニエさんに乗せられたような気もするけれど、ともかく一路ソルベの町へ。


 この町は何度か通りかかったことがある。リージュに会いに行く際にここで準備を整えて峠を越えたし、帰りにもここを通って龍の町アルカディアに至った。この町自体は小さく目立った産業も無いが、主要な街道沿いにあり国境の峠を越えるために多くの者がここで体を休めていくのだ。


「あの、トニオさんという方を知りませんか?」


「トニオだって? あの『こそ泥トニオ』のことかい?」


 酒場で聞いたトニオさんの噂は散々なものだった。この町で生まれ育った彼は各地で勇者をかたって盗みを働き、老人ばかりの寒村で村に居座って金をせびり、時には下級妖魔を倒すこともあったようだが、とても勇者と呼べるような者ではなかったという。

 だが十年ほど前、突然帰って来た彼は何を思ったか街道沿いに小屋を建て、たった一人で砂利を敷き、木をり倒しては並べて小さな橋を造り、街道を整備し始めた。気味悪く思った人々は遠巻きにして様子を見たが、彼は他に何をするでもなくひたすら道を作り続けた。


 それは今やアルカディアの町に向けて十キロメートルほども延び、とても人とは思えぬその様子に何かに取りかれているのではないかと噂され、今では半ば放置されている……




 立派な街道だ。水が溜まりそうな場所には砂利が敷き詰められ、凹凸おうとつは綺麗にならされ、川をまたぐ箇所には木を組み、丸太を敷き詰めて橋を造ってある。悠々と馬車が通れるほどの道幅があるばかりか分かれ道の行先を示す看板や休憩のための東屋あずまやまで置かれているほどで、これを一人の人間が整備したとはとても思えない。

 今になって思えば、冬にここを通ったときもずいぶん楽に感じたものだ。それまでは道に迷ったり、橋が腐っていて川に落ちたり、散々な目に遭ったのだから尚更なおさらだ。


 でも。あの日の勇者様が偽物だったなんて、それどころか勇者をかたって盗みを働いていたなんて信じたくない。この道を整備している『こそ泥トニオ』という人は本当にあの勇者様なのだろうか。

 もしそうだとしても私を助けてくれたことには違いないと、複雑な思いを抱えながら街道をく。馬車とすれ違う、旅装の人と挨拶を交わす、腰が曲がったきのこ採りのお婆ちゃんまで歩いている。今まで考えたこともなかったけれど、道を整えるというのはこれほど多くの人々の役に立つことなのだ。そういった意味では勇者も、道を作る人も、建物を作る人も、料理を作る人も何ら変わりは無いのかもしれない。そう考えると勇者という職業が特別だと思っていた自分が恥ずかしく思えてくる。




 道の先にいくつかの人影が見えてきた。一心に地面をならしては踏み固める男、それを遠くからはやし立てる子供達。その声の中に「こそ泥トニオ」という名前が出てきたことでわかった、この人があの日私を助けてくれた勇者様なのだと。


「あの! トニオさんですね?」


 私の声に顔を上げた男は、薄汚れたなどという言葉では追いつかないほど汚れきっていた。髪もひげも伸び放題、衣服も完全に土と同じ色に染まっている。靴は壊れ裾はぼろぼろ、貧困スラム街の浮浪児の方がまだというものだ。

 それにずいぶんとけ込んでいる。あの日の勇者様は二十代半ばだと思っていたけれど、この風貌では五十代と言われても仕方ないだろう。あれから十年ほどしか経っていないというのに……


「……」


 返事はなく、男は黙々と作業を続けた。砂利を運んでくぼみに入れ、土をかぶせて踏み固める。


「私、ルゼ村のリナレスカといいます。あなたがドラゴンから助けてくれたおかげで生きています。あの時はありがとうございました」


「……知らんな」


 幼い頃の記憶と今のこの人を重ねる。け込んで汚れて別人のようになっているけれど、顔の造り、背格好、そして破れた衣服から覗く背中の火傷やけど。間違いない、この人はあの日私を助けてくれた勇者様だ。


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