大討伐と二度目の別離(三)

 連なる丘陵、薄くたなびく雲、行く手に黒々と広がるは『ドゥーメーテイルの大樹海』。あるいは傷だらけの鎧を誇らしげに身に着け、あるいは揃いの軍装に身を包み、人間ファールスの群れが列を成して魔の領域に飲み込まれていく。


 昼なお暗い大樹海。深く踏み入るに従って木々は奇怪にじ曲がり、緑の沼地には気泡がはじけ、下草さえも赤、黄、紫、毒々しい汁を撒き散らす。


 とはいえ今年の大討伐は順調のようで、一〇〇〇名を超える討伐軍は少々肩透かしを食ったように樹海の奥へ奥へと分け入ってゆく。昨年は魔人ペイルジャックなどという強敵と遭遇して大きな被害を出したものだが、今のところそのような強大な妖魔は見当たらない。各国の勇者達が個々の武勇をふるって下級妖魔を狩るのみだ。




 私と飲んだくれエブリウスさんは積極的に妖魔を探すでもなく先を争うでもなく、たまに交戦中の味方を見かけては援護する程度でゆっくりと進んでいく。気楽な前列待機を決め込んでいるように見える師匠だが、おそらくはまだ体調が戻っていないのだろう。


鬱陶うっとうしいな、どっか行きやがれ」


「駄目です。侯爵様から無理させないように言われてるんですから」


「その割に昨日はお楽しみだったみたいじゃねえか。ええ?」


「うう……」


 それを言われると辛い。確かに昨日の前夜祭ではリージュと再会できた喜びのあまり、この人を放り出して飲んだくれてしまったのだ。これでは『飲んだくれ二世』と言われても仕方ない。




 少し前進しては休憩し、味方を援護しては引き上げて雑談し、すれ違う勇者達と情報を交換してまた歩き出す。彼らの話によるとどうやら妖魔の数が少ないようで、今年はこのまま大した障害もなく大討伐を終えるのではないか。陽が傾き始める頃には多くの者がそう言っていたのだけれど……


「―――遭遇!」


「―――出現!」


 にわかに前方が騒がしくなり、緊張をはらんだ声が飛び交う。内容はよく聞き取れないが警戒すべき何者かと遭遇したようだ、倒木に座っていた飲んだくれエブリウスさんがおじさん臭い声を上げて腰を起こす。


「やれやれ、よっこらせ」


「行くんですか? やめておいた方が……」


「なあに、見物だ。どうせ役になんて立たねえよ、俺もお前もな」




 毒々しい色の下草を踏みしめ、奇怪にじ曲がる木々の間を縫って前線へ。次第に喚声と撃剣の音が近づいてきた。


 激しい戦闘だ、しかも一方的に押されている。個々の勇者達は武勇をふるって善戦しているのだが、二〇〇を優に超える妖魔が隊列を組んで押し込んでくるため対処できていない。腕の立つ勇者でも一匹を斬り倒す間に三方を囲まれ、舌打ちしつつ後退するしかないのだ。

 こういった組織化された妖魔の軍勢は『魔軍モンストル』と呼ばれ、人々から恐れられている。個々に暴れるだけの妖魔とはその戦力も、もたらされる被害もけた違いになってしまうから。


 小鬼ゴブリン豚鬼オークといった取るに足らない妖魔も数を揃え、何者かに統率され槍先を揃えれば十分に脅威となる。それに見たところ、この軍勢の中には首無し騎士デュラハン狂戦士クリーガーといった魔兵長レムス級の姿もある。そしてその中央には黄金の鎧兜に身を包んだきらびやかな騎士の姿。


「ありゃあ狂皇子ルナティクスだな」


 狂皇子ルナティクス。黄金の鎧兜に深紅の外套マント、蒼銀の盾に光り輝く剣。その武勲を恐れた父帝に誅殺ちゅうさつされた皇子が現世に迷い出たとされる存在で、圧倒的な武勇を誇る上に中級程度の魔法を操り、優れた知性を有し自らの軍団を率いることが多い。

 配下の妖魔を力と恐怖で従え、知性に乏しい小鬼ゴブリン豚鬼オークにも集団戦術を叩き込み戦力とすることから、魔軍長レムレス級の中でも特に警戒に値すると言われている。




 戦線崩壊には至らないものの押しまくられる一方の勇者達を見て、飲んだくれエブリウスさんがごきりと首を鳴らした。


「しゃあねえな、ちったあ働くとするか」


「駄目です! 大人しくしててください!」


「うるせえ、邪魔すんじゃねえ」


 私を押しのけてふらりと敵軍の前に立ち、抜き打ちに槍の穂先を斬り飛ばす。敵中に躍り込み無造作に小鬼ゴブリンの首をねる。ほぼ単独で突入する命知らずの人間ファールスに、押し寄せる魔軍の勢いが目に見えて衰えた。


「おい勇者ども、さぼってんじゃねえ。こいつらの首、飲んだくれエブリウスが全部狩っちまうぞ」


 もともと武勇に自身のある勇者達、その豪語に負けじと先を争って魔軍モンストルに立ち向かう。一層激しく鉄と肉がぶつかり合い、血がしぶき、昼なお暗い地面が赤黒く染まる。いつもならこんな修羅場は避けて通る私だが、今日ばかりはそうもいかない。飲んだくれエブリウスさんに向けて突き出された槍を長剣で受け流し、楕円盾オーバルシールド豚鬼オークを押しのける。


「下がってください! まだ体が痛むんでしょう!?」


「お前こそどいてろ。が生意気言ってんじゃねえ」


「ひよっこを死なせたくなかったら、素直になればいいんです!」


 ちっ、と舌打ちの音が聞こえた。私のやり方が気に入らなかったか、それとも首無し騎士デュラハンと打ち合い劣勢に立たされた自身に苛立いらだったか。

 これでは駄目だ。師匠の剣にいつもの冴えがない、相手を小馬鹿にするような余裕もない。いずれにしても私達は魔軍に飲み込まれつつあったのだけれど……




 敵軍が割れた。地割れのように、中央から真二つに。一刀のもとに首無し騎士デュラハンを斬り捨てた神聖勇者セイクリッドは、その存在を誇示するように胸を張った。


「たまには素直になってはいかがかな、飲んだくれエブリウス殿。ここは我々に任せてほしい」

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