大討伐と二度目の別離(二)

 リージュの非難がましい視線を受けて体を縮め、声をひそめる。これでも一応反省はしているのだ。


「そういえばさ、『叡智えいちの杖』の代償デメリットはわかった?」


「……ううん、まだわかんない」


 そう答えたリージュの顔を観察する。このような場合、言葉だけで判断するのは禁物だ。表情、会話の間、抑揚、言葉の選び方、あらゆる感覚を総動員して隠された真実を探らなければならない。特にリージュのように賢くて慎重な相手ならば尚更なおさらだ。

 それらを総合して私が探し当てた答えは……この子は代償デメリットに気付いている。私を心配させないように隠しているのだろう。


「気を付けなよ、おかしいと思ったらすぐ手放すんだよ」


「うん、大丈夫。そういえば最近わかったんだけどね……」


叡智えいちの杖』は全ての魔法が使えるようになるだけでなく、杖に問いかければ魔法に関する知識を受け取ることができる。それは時の流れとともに失われた魔法も例外ではなく、中には植物の生育を助けたり小さな虫を操ったりと市民の生活に応用できるものもある。今はその研究をするのが楽しいと彼女は言う。


 リージュらしいな、と思う。魔法といえば強力な攻撃魔法や他人に影響を及ぼす精神魔法を思い浮かべる者が多いが、彼女は人々の生活のためにその知識と力を使いたいという。やっぱりこの子はどこまでも優しくて賢くて人の幸せを願うことができる、自慢の親友だ。




 ふと視界がかげった。その人はおそらく無理なく視界に入ろうと気を使ったのだろうが、影の大きさと圧倒的な存在感がその努力を無にしてしまっている。

 緩やかに波打つ金色の頭髪、端正な顔立ち、彫刻のように鍛え上げられた身体、華麗な軍服。神聖勇者セイクリッド、人類の希望とまで言われるその人はただ立っているだけで威圧感に近い雰囲気オーラかもし出し、間近でそれを感じ取った私は慌てて直立した。


神聖勇者セイクリッドさん、先日はお世話になりました! あ、昨年の大討伐でもそうですね。たくさんお世話になってます!」


「リナレスカさん、侯国勇者になったそうだね。おめでとう」


 差し出されて握り返した掌は大きく力強く、厚さはリージュの小さなお手々の二倍はありそうに思える。

 その表情はまぎれもなく柔和にゅうわな笑顔なのだけれど、どこか恐ろしさを感じてしまうのは圧倒的な存在感のためか、それとも一切の躊躇ちゅうちょなく盗賊の首をねる容赦のなさを見ているからなのか。ともかく大きな掌に捕まえられた私の背中には一筋の汗が伝った。


 だからこのとき背後から飲んだくれエブリウスさんの声がして、心底しんそこ助かったと思ったものだ。


「よう、神聖勇者セイクリッド。こんなにまでご挨拶か?」


「これは飲んだくれエブリウス殿。お弟子まで侯国勇者になられたとは、さぞかし鼻が高いでしょう」


「ふざけてんじゃねえ。こいつの間抜けぶりは並みじゃねえぞ、お前も巻き込まれないように気をつけろ」




 しばし私をさかなにした談笑が続き、一礼して去る神聖勇者セイクリッドさんを見て大きく息を吐き出す。そういえば飲んだくれエブリウスさんの様子を見ていてくれと侯爵様に言われたというのに、リージュと話したいばかりにすっかり忘れていた。

 その飲んだくれエブリウスさんはといえば、私とリージュの間に椅子ごと体を割り込ませてきた。片手にはその異名の通り麦酒エールの大杯が握られている。


「ようお嬢ちゃん、息災そくさいで何よりだ。この阿呆あほうが真冬に会いに行ったんだってな。びっくりしたろ」


「お久しぶりです、飲んだくれエブリウスさん。ええ、驚きました。まさか冬の峠を歩いて越えて来るなんて……」


「こいつには常識が通用しねえんだよ。やるって言ったらやる、行くって言ったら絶対行く。何でも体力と根性で何とかなると思ってやがる」


「あはははは……」


 両手を広げる師匠と苦笑いするリージュ、二人に向けて頬を膨らませる。失礼な。私だって何も考えていないわけじゃない、防寒着だって装備だってちゃんと準備したのだ。まあたまには斜面を転げ落ちたり、凍った川に落ちたり、狼とにらみ合ったりして、もう二度とやろうとは思わないけれど……


神聖勇者セイクリッドに招かれたんだってな。大変だろ」


「はい……でも彼は人に厳しいですが、自分にはもっと厳しい方ですから」


「そうだろうな。年々余裕がなくなってきてやがる」


「え……?」


「あれでも十年も前には俺と飲み明かしたんだぜ。翌朝青い顔して出てきてよ、もう二度と俺とは飲まねえとか抜かしたもんだ」


「えええ!? あの人が!?」


「ま、あいつも人間ってこった。弱いところもあれば恥ずかしい過去もある、助けてやってくれ」


 私はリージュと顔を見合わせた。あの神聖勇者セイクリッド様が、何の迷いもなく賊を断罪したあの人が、そんな人間らしいところを見せていたなんて。


 そう思ってたくましい背中を見上げると、先程まで震え上がるほどの威圧感を覚えていた大きな体が途端に可愛らしく見えてきた。


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