大討伐と二度目の別離(一)


 黄金色の麦の穂が揺れ、稲穂がこうべを垂れ、気の早い蜻蛉とんぼがその目に青空を映す。

 広大な穀倉地帯を抱えるイスマール侯国が農作物の収穫を控えたこの季節、今年もまた『大討伐』が始まる。


 その拠点となるロッドベリー砦は大討伐に参加する勇者を迎える準備に忙しい。関係各所への連絡、宿泊場所の確保、普段は使わない施設の清掃、食材の確保、医療品の手配、式典の用意、なにしろ総勢一〇〇〇名を数える討伐隊が数日間に渡って滞在するのだから、いくら人手があっても足りないというものだ。




 迎えた前夜祭、私はといえば荷物を持って文字通り駆けずり回る雑用係の女の子達をもどかしく見ていた。何しろ数年前までは彼女達と同じように掃除に洗濯に給仕にと走り回っていたのだ、顔見知りの子を見かければ手伝いたくもなるのだが、下手に手伝って式典用の軍服を汚してはかえって仕事を増やしてしまうことになる。結局は手持ち無沙汰ぶさたで落ち着きなく足踏みするしかない私の脳天に、軽く手刀チョップが落とされた。


「少しは落ち着け、阿呆」


「だってぇ……」


「お前にできる事なんてねえ。せめて黙って座ってろ」


「ううううう……」


 もうすぐ式典が始まる催事場の二階大広間。私と同じく濃紺色の軍服を着た飲んだくれエブリウスさんは、椅子の背にもたれて完全に気を抜いている。

 無精髭ぶしょうひげを剃って身綺麗みぎれいにしてはいるものの、少し痩せたように見えるのは気のせいではないだろう。つい先日までこの人は神託装具エリシオンの代償のため起き上がることすらできなかったのだ。大討伐に参加するのは構わないが常に離れず様子を見てやってくれ、と実は侯爵様から命じられている。


 やがて勇壮な音楽に合わせて国外からの勇者が入室してきた。私は文字通り首を長くして入口を見つめ、ピエニ神聖王国の白い軍服の列を見て身を乗り出す。その中に純白に金糸で刺繍が入った外套ローブを身に着けた魔術師を見つけて思い切り両手を振ると、リージュは苦笑しつつ微笑んだ。




ほまれ高き勇者の皆さん、イスマール侯国ロッドベリー砦へようこそ。このたびは……」


 なんだか昨年も聞いたような砦司令官の話を右耳から左耳に聞き流し、来賓の挨拶を左耳から右耳に素通りさせて、前夜祭はようやく歓談の時を迎えた。

 この時を待っていた私はさっそく立ち上がり、椅子の背もたれを挟んで親友に抱きついた。小さな悲鳴を上げて林檎りんごジュースを危うくこぼしかけるリージュ。


「きゃっ! もう、相変わらずなんだから」


「えへへ。リージュも元気そうだね」


「うん。リナちゃんほどじゃないけど」


「リージュが私より元気だったら心配になっちゃうよ!」


「ふふ、それもそうだね」


 隣の人が気を使って席を空けてくれたのを良いことに、積もる話をしながら一切いっさい遠慮することなく片端から料理に手を付けていく。

 牛肉のグリル、色つきご飯サフランライス、鶏肉のトマトスープ、白身魚のマリネ、今年も厨房の皆さんが頑張ってくれたのだろう、見た目にも華やかな料理だ。何でも美味しく食べる私にはよくわからないけれど、きっと食材も良いものを使っているのだろう。




 話が一段落したのを見計みはからって、わざわざ長剣から外して持ってきた芋虫の飾り紐ストラップを見せる。リージュも同じことを考えていたのか、お揃いのそれをポケットから取り出して掌に載せた。


「すごーい、リージュも同じこと考えてたんだ! 可愛いよねこれ!」


「ふふ、そうだね」


「あれー? 買ったときは気持ち悪いって言ってたくせに」


「そうだっけ。着けてるうちに可愛くなってきたかも」


 青々としたサラダの葉をお皿に乗せ、さらにその上に芋虫を乗せて動かすと、二匹はまるで仲良く葉をついばんでいるかのよう。それが何だか可愛らしくて、つい悪ふざけをしてしまった。


「きゅうー。葉っぱおいしいべさー」


「やめてよリナちゃん、子供じゃないんだから」


「きゅうー! そんなこと言われたら寂しいべさー!」


「きゃああああ!」


 調子に乗った私が芋虫を持ってリージュの手から肩へ、さらに首元から胸元に押し込むと、リージュは胸を押さえて本気の悲鳴を上げてしまった。静まり返る大広間、集中する視線、にらみつける親友。なんだかちょっとやりすぎたかもしれない。


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