七色の蝶と霧の町(二)
手掛かりが欲しければ、とにかく聞き込みだ。師匠である
宿屋や酒場には他の町から来た人達が集まるし、旅慣れた商人さんは噂話に通じていたりする。商店の品揃えを見れば特産品や流通が把握できるし、ご主人に話を聞けば売れ筋の品や流行が見えてくる。道行く人の数や年齢構成、服装や話し声だって重要な情報だ。
それらを総合すると、やはりこのカンドレバの町は全体が沈んだ状態にある。農作物や狩猟物などが流通せず、農業や狩りに使う道具の売れ行きも悪い。当然ながらそれらを運ぶ商人の数も少なく、宿屋や酒場は
霧の中で行方不明になった
……とはいえ、やはり霧が続く原因など見当もつかない。実際私がこの町に来てから三日間、街路の反対側を歩く人の顔さえ見えないほどの濃霧がずっと続いている。家の壁を極彩色に塗らなければ道に迷って帰って来られないという話は誇張でも何でもないのだ。
「
言っているそばから宿への帰り道がわからなくなった私が宿の壁の色を
「ほんとだぞ! 侯爵様のところから来た勇者様が霧を吹き飛ばしてくれるんだからな!」
「うっそだあ! いくら勇者様でもそんなことできるもんか!」
「またケビンの奴が嘘ついてやがる!」
木箱と樽が積まれた路地の奥に踏み込むと、昨日お母さんに手を引かれていた男の子が数人の子供達に囲まれているようだった。声を掛けると振り返る子供達、私に駆け寄ってきたのはケビンと呼ばれた昨日の男の子。
「なあ! お姉ちゃんが勇者様なんだよな!?」
私は昨日そうしたように腰を
「そうだよ。私がイスマールから来た勇者だよ」
「ほんとかよ!? なんだか弱そうじゃね?」
「本物なら早く霧を吹き飛ばしてくれよ!」
見た目からして弱そうという論評にはぐうの
「すぐにはできないよ、まず原因を探らなきゃ。お姉ちゃんはそのために来たんだから」
「嘘つけ! こいつ偽物だ! ケビンの奴、偽物の勇者を連れてきやがった!」
「なあ、お姉ちゃんは本物の勇者様なんだよな? 頼むよ、お父ちゃんを助けてくれよ」
一つ気付いたことがある。この子は自分が嘘つき呼ばわりされたことを悔しがっているのではない。父親の無事を心から願い、それを
「お姉ちゃんに任せておいて。必ずお父ちゃんを連れて帰るからね」
ケビン君の手を引いて
「すみません、すみません、この子は嘘つきで有名なんです。父親の影響だと思います、ほんとに、ほんとにすみません」
自分の子供に対して随分な言い草だ、そんな事を言われると私まで悲しくなってくる。リージュのように暴力や
「お母ちゃんまでお父ちゃんのことを嘘つきだって言うのかよ! ほんとに見たんだからな!」
「いい加減にしなさい! お客様の前で!」
泣きながら子供が家を飛び出したというのに、お母さんはまた私に向けて頭を下げるばかり。居たたまれなくなった私はすぐに家を辞そうとしたのだが、一つだけ気になる言葉があった。
「あの……ケビン君が見たというのは何のことでしょうか?」
「夫があの子を連れて狩りに出たとき、湖で七色の蝶の群れに出会って話をしたと言うんです。おまけに道に迷ったら蝶に案内されて帰ってきたとか、もう嘘ばっかりついて誰にも相手にされなくなって……」
ケビン君は泣き腫らした目をそのままに、近くの路地の木箱に腰かけていた。私が隣に座ると目をこすってごまかし、女に涙を見せるものかと歯を食いしばる。
「ねえ、お姉さんに教えてくれない? 七色の蝶にはどこで会ったの?」
「森の奥の湖!」
「
湖畔で見たのは掌ほどの大きさの蝶の群れで、七色に光りつつ女性の声で話しかけてきた。怖くなって逃げ出した彼は父親とはぐれてしまったが、一匹の蝶が自分を導くように舞い、同じように蝶に導かれた父親とともに町に帰ってきたのだという。
「ふうん……その
「うん!」
目を輝かせて話し始める少年。私はこの町に来て初めて、手掛かりらしきものを掴んだのかもしれない。
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