七色の蝶と霧の町(二)

 手掛かりが欲しければ、とにかく聞き込みだ。師匠である飲んだくれエブリウスさんはふらふらと遊び歩いているように見えて噂を集めていたり、町全体や人々の様子を観察していたりしたものだ。本当に遊び歩いていることも少なくなかったけれど……。


 宿屋や酒場には他の町から来た人達が集まるし、旅慣れた商人さんは噂話に通じていたりする。商店の品揃えを見れば特産品や流通が把握できるし、ご主人に話を聞けば売れ筋の品や流行が見えてくる。道行く人の数や年齢構成、服装や話し声だって重要な情報だ。


 それらを総合すると、やはりこのカンドレバの町は全体が沈んだ状態にある。農作物や狩猟物などが流通せず、農業や狩りに使う道具の売れ行きも悪い。当然ながらそれらを運ぶ商人の数も少なく、宿屋や酒場は閑散かんさんとしている。やはり一〇〇日以上も続く濃霧という異常な気候が町民の生活に重大な影響を及ぼしているのだ。


 霧の中で行方不明になったきこりや猟師は十名を超えるが、森の中には狩猟小屋が点在しており食料や薪などを備蓄してあるため、小屋にたどり着くことさえできれば十数日程度は生存できるらしい。一時的にでも霧が晴れれば帰って来られるというのだから、まだ十分に望みがあるはずだ。




 ……とはいえ、やはり霧が続く原因など見当もつかない。実際私がこの町に来てから三日間、街路の反対側を歩く人の顔さえ見えないほどの濃霧がずっと続いている。家の壁を極彩色に塗らなければ道に迷って帰って来られないという話は誇張でも何でもないのだ。


ピンク色、ピンク色……うん?」


 言っているそばから宿への帰り道がわからなくなった私が宿の壁の色をつぶやきながら中通りを歩いていると、路地の方から言い争う声が聞こえてきた。それも一つは聞き覚えのある声のような気がする。


「ほんとだぞ! 侯爵様のところから来た勇者様が霧を吹き飛ばしてくれるんだからな!」


「うっそだあ! いくら勇者様でもそんなことできるもんか!」


「またケビンの奴が嘘ついてやがる!」


 木箱と樽が積まれた路地の奥に踏み込むと、昨日お母さんに手を引かれていた男の子が数人の子供達に囲まれているようだった。声を掛けると振り返る子供達、私に駆け寄ってきたのはケビンと呼ばれた昨日の男の子。


「なあ! お姉ちゃんが勇者様なんだよな!?」


 私は昨日そうしたように腰をかがめ、子供達と目の高さを合わせた。身なりは様々だが年齢は一様に十歳前後といったところだろうか、いぶかしむように私を見ている。


「そうだよ。私がイスマールから来た勇者だよ」


「ほんとかよ!? なんだか弱そうじゃね?」


「本物なら早く霧を吹き飛ばしてくれよ!」


 見た目からして弱そうという論評にはぐうのも出ない、実際弱いのだから仕方ない。ましてや霧を吹き飛ばしてくれという要求にはいくら体を鍛えても応えられそうにない。


「すぐにはできないよ、まず原因を探らなきゃ。お姉ちゃんはそのために来たんだから」


「嘘つけ! こいつ偽物だ! ケビンの奴、偽物の勇者を連れてきやがった!」


 はやし立てつつ駆け去っていく子供達。霧の中に消える彼らに何か言い返しつつ悔し涙を浮かべる男の子。


「なあ、お姉ちゃんは本物の勇者様なんだよな? 頼むよ、お父ちゃんを助けてくれよ」


 一つ気付いたことがある。この子は自分が嘘つき呼ばわりされたことを悔しがっているのではない。父親の無事を心から願い、それを揶揄からかう友達の心の貧しさが悲しいのだ。この身に町を覆う霧を吹き払う力はなくとも子供の切なる願いを受け止めることはできる、私は勇者なんだから。


「お姉ちゃんに任せておいて。必ずお父ちゃんを連れて帰るからね」




 ケビン君の手を引いてだいだい色の家に送り届けたところ、お母さんは昨日と同じように何度も何度も頭を下げた。それは良いとして、子供の頭を掴んで一緒に下げさせるのはどうなのだろうか。


「すみません、すみません、この子は嘘つきで有名なんです。父親の影響だと思います、ほんとに、ほんとにすみません」


 自分の子供に対して随分な言い草だ、そんな事を言われると私まで悲しくなってくる。リージュのように暴力や搾取さくしゅを受けているわけではなさそうだが、親に信じてもらえない悲しさはいかほどのものだろう。


「お母ちゃんまでお父ちゃんのことを嘘つきだって言うのかよ! ほんとに見たんだからな!」


「いい加減にしなさい! お客様の前で!」


 泣きながら子供が家を飛び出したというのに、お母さんはまた私に向けて頭を下げるばかり。居たたまれなくなった私はすぐに家を辞そうとしたのだが、一つだけ気になる言葉があった。


「あの……ケビン君が見たというのは何のことでしょうか?」


「夫があの子を連れて狩りに出たとき、湖で七色の蝶の群れに出会って話をしたと言うんです。おまけに道に迷ったら蝶に案内されて帰ってきたとか、もう嘘ばっかりついて誰にも相手にされなくなって……」




 ケビン君は泣き腫らした目をそのままに、近くの路地の木箱に腰かけていた。私が隣に座ると目をこすってごまかし、女に涙を見せるものかと歯を食いしばる。


「ねえ、お姉さんに教えてくれない? 七色の蝶にはどこで会ったの?」


「森の奥の湖!」


蝶々ちょうちょとは何をお話ししたの?」


 湖畔で見たのは掌ほどの大きさの蝶の群れで、七色に光りつつ女性の声で話しかけてきた。怖くなって逃げ出した彼は父親とはぐれてしまったが、一匹の蝶が自分を導くように舞い、同じように蝶に導かれた父親とともに町に帰ってきたのだという。


「ふうん……その蝶々ちょうちょのこと、詳しく教えてもらえる?」


「うん!」


 目を輝かせて話し始める少年。私はこの町に来て初めて、手掛かりらしきものを掴んだのかもしれない。

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