七色の蝶と霧の町(一)
イスマール侯国首都イセルバードから東南東に約二二〇
本来ならば師匠である
何しろその案件というのが『霧が一〇〇日以上も晴れない原因を調査し、可能であれば対策を講じる』というもので、経験豊富な
だが私としてはそれに甘えるわけにはいかない、そう何度も機会が与えられると思ってはいけないのだ。結果はもちろん侯国勇者として最善を尽くしたかどうか、その姿勢が問われているのだろうから。
カンドレバの町は周囲二〇〇〇
「うわあああ~! 何これすっごい!」
我ながら
そして次に目に付くのは、町のそこかしこにある蝶を
「侯国勇者リナレスカ殿、お待ちしておりました」
「ど、どうも……」
領主様の館も他の家と同様に奇抜な緑色で、その大きさもあって独特の存在感を放っていた。ただし館の内壁は同じ緑色でも薄く塗られていて目に優しい。これならば一度訪れれば道に迷うことはないだろうと思ったものだが、まさにそれが色彩豊かな街並みの理由だった。
「この町は一年を通して深い霧に包まれるのです。そのため
ふええええ、すごいなあ、などというありきたりな感想しか浮かばない私は芸術的感性が
「ええと、もう一〇〇日以上も霧が晴れていないと聞きましたが……」
「左様です。カンドレバは霧の町として有名ではありますが、これほどまでに長く霧に閉ざされたことはありません。濃霧のせいで猟師や
この件については何度もイセルバード市の行政府に調査を依頼したのだが、訪れた調査員も首を
私にそんなこと言われても、と街路の石を蹴る。それは何度か石畳に跳ねつつ濃霧のむこうに消えた。
困ったなあ、ともう一度石を蹴る。その向こうから買い物帰りと見える親子連れが現れ、慌てて次の石を蹴ろうとした足を引っ込める。と、何かに気付いた様子の男の子が母親の手を離して駆け寄ってきた。
「勇者様だ! お姉ちゃんは勇者様だろ? 領主様のところに行ってきたんだろ!?」
どうしてわかったのだろうと自分の身なりを見る。着古した旅服に安物の長剣、顔だって平凡で威圧感などとは無縁のはずなのに。その答えが見つかったのは視線を下げたとき、首飾りに加工した銀製のプレートが目に入ったから。イスマール侯国内においてこれを示せば様々な特典を受けるこができる、勇者の身分を証明するものだ。私は深く膝を曲げて
「そうだよ、よくわかったね。侯爵様の命令でこの町に来たの」
「やったあ! ほんとに勇者様が来てくれた! これでお父ちゃんも帰ってくるぞ!」
大喜びで母親の元に駆け戻る男の子、だがお母さんは困ったような顔で何度も頭を下げるばかりだった。
「こら、ご迷惑をかけるんじゃありません。すみません、この子ったらまた……」
手をつないで霧の向こうに消えていく二つの影。察するにあの子のお父さんは霧の中で行方不明になったのだろう、そう考えて私は立ち止まる。町を覆う霧をどうにかしてくれなんて、まさに雲を……いや霧を掴むような話だ。
こんな依頼、魔術師でもなければ知識も無いただの勇者にどうしろというのだろう。私は霧に閉ざされた極彩色の町で途方に暮れた。
◆
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
このお話に登場した霧の町カンドレバは、京野 薫様『リムと魔法が消えた世界』
https://kakuyomu.jp/works/16817330666974246133
に登場した同名の町をアレンジして使わせて頂きました。許可を頂きました作者様にお礼申し上げます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます