凡才隊長と飲んだくれ(八)
「『
「はい……」
古めかしい調度が並ぶ応接室、目の前にはオルブレヒト・アウル・イスマール侯爵。侯国勇者である私はこの人に謁見する権利を有しているけれど、こうして二人で向かい合うのは初めてだ。頭髪は半ば失われて残りは白髪だというのに、長身に開襟シャツ、折り目の付いたスラックスという飾らない服装が清潔感と気品を感じさせる。
あの日、
「
いつもの私なら「まったくです!」と同意するところだが、さすがに侯爵様に向かって軽口を叩くわけにもいかない。それにいつもは
彼が所有する
「激痛。その痛みは消滅させた魔法の強度に比例して強まるそうじゃ」
正直なところ私は意外に思った。それだけか、と。
「そしてその痛みは
その言葉の意味を理解したとき、背中からうなじにかけて寒気が走った。
頬を叩かれれば痛いがそれは次第に消える。指先を切れば痛いがそれは時とともに薄れる。だがそれが消えることなく続くならば? さらに次の痛みが重なるとすれば? 想像しただけで気を失いそうになる。
「
「そんな……」
言葉が出ない。攻撃魔法の基本とされる【
「ただ幸いなことに、痛みが全く衰えない訳ではないらしい。十日も経てば少し楽になると言うのだが……まあ、これも本人にしかわかるまい。しばらく面倒を見てやってくれ」
イスマール侯爵家
その寝台で身を起こした男に目立った外傷は見当たらない。これまでも
「
「よう。世話になったな」
「侯爵様から聞きました。『
「そうかい」
私の問いに平然と答えているけれど、よく見れば
「……捨ててください、そんな剣」
「断る」
「そんなものを持っていたら、
「必要な物だから持ってんだ。他人がぐだぐだ言うな」
「でも……」
「うるせえんだよ。こいつが無かったら、お前はどうなっていた?」
そうだ。ロッドベリー砦で私達が始めて出会った日。あのとき
この人が勇者でなかったら、この剣を所有していなかったら、きっと多くの人が不幸になっていた。それでも私は言わずにいられなかった。
「辞めてください……勇者なんて」
「そいつは俺の台詞だ。そんな甘ったれた考えなら、お前こそ勇者なんてやめちまえ」
「……嫌です」
「気が合うじゃねえか。俺も嫌だね」
とうとう耐えきれずに口元が
この人は勇者を辞めない。きっと動けなくなるまで『
「意地悪。卑怯者。
「おお、良くわかってんじゃねえか」
いつも通りの憎まれ口が悲しい。私ではこの人を止められないことが悔しい。もっとずっと先だと思っていた永遠の別れが間近に迫っているような気がして、私は寝台に背を向けた。こんな人にこんな顔を見られたくないから。
「……ほんとに、ほんとに、最低です。いつも人のことばっかりで、自分ばっかり痛い思いして、平気な顔して。少しは心配する方の身にもなってください」
「……悪いな」
ほんと最低だ、この人。
自分を粗末にするなんて。いくら言っても聞かないなんて。嘘をついて女の子を泣かせるなんて。
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