凡才隊長と飲んだくれ(七)

 飲んだくれエブリウスさんの乱入で半壊した騎兵隊は鋒矢ほうし形に陣形を変えて突撃を敢行したが、容赦ない迎撃に遭ってあっという間に壊滅した。


 彼の背後で扉が開け放たれている。ロッドベリー砦で私を助けてくれた時もそうだった、この人は魔法の力で閉ざされた扉を開けることができるのだ。それがいま鞘に納められたまま握られている直剣『封魔ソーサルハイド』の力によるものだということを、私はもう知っている。


「遊んでんのか? こんなもん相手に手こずってんじゃねえぞ」


「でも、この子たち……」


「こいつは『人形兵ペルチェ』だ。迷宮の罠なんかに使われる、ただの木偶でくだ。感情なんかねえ」


「……わかりました」


 嘘きのこの人のことだ、真実は違うのかもしれない。だが傷だらけの私の様子を見てそう言うべきと判断したのだろう。ならばそれを信じて開き直るしかない、私は『敵』に向き直り両手に長剣バスタードソードを握り締めた。


「迎撃します!」


「了解だ、隊長」


 こちらの気迫に呼応するかのように、再び髭の人形がぴょこんと飛び跳ねつつ右手を振り上げた。盛大に法螺ほら貝が吹き鳴らされ、軍楽隊が一段と勇壮な行進曲マーチかなで、全ての人形兵が整然と足踏みをする。私には彼らが声を揃えてこう言ったように思えた。


総員突撃アッサート!!』




 五十を超える歩兵隊が一斉に槍を構えて突進してくる、その後方からは弓兵隊の射撃。またまとわりつかれては厄介やっかいだと思った私は先制攻撃を仕掛けることにした。床を蹴り、加速をつけて身を沈める。


「ええいっ!」


「うおらぁ!」


 右から私の長剣バスタードソード、左から飲んだくれエブリウスさんが握る直剣ブロードソードの鞘、床面を這うような斬撃が歩兵隊を薙ぎ払った。一瞬で半壊した歩兵隊は跳躍しつつ槍を突き出してくるが、二人で冷静に対処すれば膝下程度の大きさの敵など物の数ではない。残ったのは十体ばかりの軍楽隊の他に僅か二体、ちょびひげの隊長と魔女の人形兵。




 魔女? この廃村には魔術師どころか生者すらいなかった。ならば屍人ゾンビを作り出したり、この部屋に魔法の鍵を掛けたりしたのはこの子の仕業しわざなのだろうか。


 私はたぶん油断したのだろう。人形兵ペルチェのほとんどを打ち壊し、余裕ができた私はまたここに残された人形達の境遇に同情してしまった。


「ねえ、もうやめようよ。どうして毎日演奏してたの? ご主人がいなくなって寂しかったの?」


 その問いに彼らが答えることはなく、返ってきたのは一段と悲壮な音楽。破壊されたはずの人形兵ペルチェ達が身を起こし、欠損した部位をそのままにいずるように向かってくる。その先頭に立ったちょび髭の人形は小さな剣を抜くと、こちらに敬意を示すように顔の横に立てた。次の瞬間。


「えっ!?」


 太腿の横に小さな剣が突き立っていた。それを振り払う間もなく着地したちょび髭の人形は信じがたい敏捷性で後ろに回り込み、膝の裏を切りつける。


「目で追うな、予測しろ!」


 飲んだくれエブリウスさんは言うけれど、そう生易なまやさしいものではない。目の前から消えたと思えば思わぬところを切りつけられ、振り返る間もなく消えている。目にも止まらぬとはこの事か、何もできないうちに傷ばかりが増えていく。さらにはい寄る人形兵ペルチェが足首にまとわりついてちくちくと刺す。


「軍楽隊だ!」


 その声に振り返ると、飲んだくれエブリウスさんは魔女人形が放った【光の矢ライトアロー】をかわしつつ軍楽隊の人形を文字通り蹴散らしていた。逃げ惑う軍楽隊を彼にならって踏みつぶし、蹴り飛ばす。壊れたままい寄ってきた人形兵ペルチェが次々と力尽き、ちょび髭の隊長にも動揺が走ったようだ。先程までの音楽が彼らに力を与えていたのだろうか。


 だがその隙に迫っていたのは、魔女人形が放った【火球ファイアーボール】。人間の魔術師が放ったものと遜色そんしょく無いそれは、もはやかわしようもない眼前にまで到達していた。一抱えほどもあるそれの熱と光に顔をそむける、死の予感に目をつむる。だがその火球は何の前触れもなく消滅した。


「あれ……?」


「油断してんじゃねえ、ど阿呆あほう!」


 そうだ、神託装具エリシオン封魔ソーサルハイド』。飲んだくれエブリウスさんの手にはあらゆる魔法を無力化する剣が握られている。この刀身に魔法を吸収することで私を助けてくれたのだろう。


 その師匠が魔女人形を蹴り飛ばしたのと、軍楽隊を失ったためか動きの鈍ったちょび髭の人形を私が仕留めたのは同時だった。広間に散らばった人形兵ペルチェの残骸を見渡しつつ大きく息をく。




「ふう、大丈夫ですか? 飲んだくれエブリウスさん……飲んだくれエブリウスさん!?」


 あの不敵な師が、がくりとばかり膝を着く。剣を取り落とす。弱々しくうめき声を上げ、脂汗を浮かべ、胃液を吐き出し、激しく呼吸を乱して何かに耐えている。


「しっかりしてください! どうしたんですか!?」




 私は今さらになって思い出した。この人が神託装具エリシオンを所有しているということは、必ず代償デメリットを抱えているのだということを。そしてそれをいまだ明かしていないということを。

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