凡才隊長と飲んだくれ(六)

 翌朝、私達は作戦行動を開始した。


 くだんの廃村を徘徊するのは所詮屍人ゾンビ、大した戦闘力もなければ連携もない。ただ辛いのは強烈な腐敗臭だ、近づくだけで鼻を塞ぎたくなるほどだというのに、斬り倒せばあまりの刺激臭に気が遠くなる。二体の屍人ゾンビを破壊して館の前にたどり着き、ようやく深呼吸する。


「私が先に潜入します、続いてください」


「それは隊長命令か? なら従うが、俺に遠慮しているなら無用だ」


「……わかりました、お願いします」


 窓枠を外した穴から侵入した飲んだくれエブリウスさんは内部を見渡し、送られた合図ハンドサインに従って私も続く。館は煉瓦レンガ造りの二階建て、この部屋はどうやら居間リビングのようだ。調度も建具も汚れてはいるがまだしっかりしていて、放置されてからまだ数年といったところか。




 物音を立てぬよう慎重に一階の探索を終え、ほこりが積もった階段を上って二階へ。中の気配を探りつつ正面の扉を開けると、そこは小広間ホールのようだった。二十歩四方ほどもある部屋の一辺、階段状になった舞台には所狭しと人形が並べられている。


 いずれも真っ赤な軍服に黒のズボン、黒い軍帽をかぶった兵士の人形だ。歩兵、騎兵、戦車兵、弓兵、魔術師、軍楽隊、数は百体を下らないだろう。私の膝下ほどしかないようなその人形達はまるで息を潜めてこちらをうかがっているかのようで……などと思った瞬間、私の背後で扉が勢いよく閉まり、廊下にいる飲んだくれエブリウスさんと分断されてしまった!


「えっ!?」


「おい! どうした、開かねえぞ!」


 慌てて駆け戻り扉の把手とってに手を掛けるが、それはまるでただの突起物であるかのようにびくともしない。

 焦燥に駆られる私の背後でうごめく無数の気配。恐る恐る肩越しに後ろを見れば、舞台から下りて整然と隊列を組み、突撃の号令を待つばかりの人形兵たち。最後方に陣取るひげの人形がぴょこんと飛び跳ねつつ右手を振り上げると、同時に法螺ほら貝が吹き鳴らされた。




『突撃!!』


 ちょび髭の人形がそう言ったわけではない、だが物言わぬ人形兵から確かにその意思を感じ取った。

 喇叭トランペットが威勢よく吹き鳴らされ、大太鼓が進撃のリズムを刻み、小太鼓の振動が戦意を高揚させ、弦楽器がかなでる主旋律が悲壮感を漂わせる。昨夜聞こえた軍歌が敵意となって私に吹き付け、大勢の意思に飲み込まれそうになる。


「なんで!? 待って、私、あなた達と戦う気なんて……」


 戸惑う私に構わず戦車兵チャリオットの突撃。二頭の馬に四人が乗る箱型の戦車を引かせた人形たちが三組、矢を放ちつつ突進してきた。

 待ち針程度の大きさしかない矢は僅かな痛みと出血に耐えるだけでいい、だが無視できないのは戦車チャリオット自体だ。腰までの高さがある戦車の突撃をまともに受ければ、衝撃力と槍兵の刺突で致命傷になりかねない。


 衝突の寸前で高く跳躍してそれをかわすと、一台の戦車チャリオットが壁に激突して大破した。木片が飛び散り車輪が吹き飛ぶ中を人形兵が転がり出てくる。


「大丈夫? 良かった。私ね、夜中の不思議な音楽の噂を聞いて来たの。あなた達だったんだよね?」


 だが戦車チャリオットを失った戦車兵は引くものが無くなった馬と合流して騎兵となり、ひるむことなく飛びかかってきた。驚いたことに胸の高さまで跳躍して小さな槍を突き出してくる。


「痛っ! やめて! 来ないで!」


 だが逃げた先に突っ込んできたのは、大きく旋回して戻ってきた戦車チャリオット。一台は広間の隅で車輪が外れて動けなくなったようだが、その最後の一台の体当たりを受けて大きく姿勢を崩した。脹脛ふくらはぎのあたりに激痛が走り、見れば戦車兵の槍が深々と突き立っていた。

 これで戦車チャリオットは大破したものの兵は無事だったようで、またしても歩兵と馬が合流して跳躍つきの騎兵槍突撃ランスチャージ。革鎧を貫いた小さな槍に胸がちくりと痛んだ。


「駄目だ……やるしかない」


 でも、と割り切れない思いが残る。リージュと向かったあの廃村、疫病で誰もいなくなった村でただ一匹、うさぎのぬいぐるみが自分を大切にしてくれた女の子をずっと守っていた。この子達がもし何かを守っているなら、私に何かができるなら、話が通じるのではないだろうか……




 だが私にその機会は与えられなかった。始まったのは騎兵の総攻撃。


 二十騎ほどの機動力に優れる彼らは軽快な音を立てて私の周囲を駆け回り、矢を浴びせかける。少しでも反撃の構えを見せると散開し、そうかと思えば瞬く間に鋒矢ほうし形に陣形を変えて突撃してくる。

 真横に飛んで突撃を避けたつもりが、彼らは人馬一体となって瞬時に方向転換し、胸の高さまで跳躍して槍を突き立てる。着地しては再び跳躍する騎兵隊の渦に閉じ込められた私は脹脛ふくらはぎに、太腿に、腰に、脇腹に、およそ鎧に覆われない部分に幾度となく槍を打ち込まれていく。

 一つ一つの傷は小さく浅く、つばでも付ければそのうち治るようなものだ。だがそれはあまりに多く、多量の汗とともに血が重く衣服を湿らせる。自慢の足が脈打つような痛みにさいなまれ、思ったように動かない。


「参ったな……甘く見たかな」


 軽快に飛び跳ねる騎兵の群れ、彼らの後ろには無傷の歩兵隊、勝利を確信したかのようにふんぞり返るちょび髭の隊長。これはちょっと……勝てないかもしれない。




 不意に目の前でとしか表記できないような音が上がった。例えるならば無数の木片をハンマーで叩き潰すような。それは二度、三度と続き、二十騎はいたであろう騎兵の半数以上が瞬く間にただの木くずに変わった。




「お人形さん遊びは帰ってからやれ、子供ガキが」


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