凡才隊長と飲んだくれ(五)

「で、どうするよ隊長。音楽会を終えて打ち上げやってる屍人ゾンビどもを強襲すんのか?」


 言い方も内容も頭にくるけれど、確かにここは隊長を任された私が判断を下さなければならない。これまでの情報を総括して作戦を立案し実行するのは、その立場にある者の責任だ。


「……夜明けを待って村内の屍人ゾンビを殲滅し、しかる後あの館の内部を調査します」


「これは意見具申だが、館に火を放つというのはどうだ?」


「それでは館でかなでられた音楽の正体がわかりません。今後類似の件があったときのためにも内部を調査すべきと考えます」


「了解した」


 私が首をかしげたのは、この人がそれ以上揶揄からかうこともなく反対意見を述べるでもなく、素直に了解してくれたからだ。それはそれで何だかすっきりしないのだけれど、ともかく今できることはもう無いだろう。あとはここから離れ、休息を取りつつ夜が明けるのを待つだけだ。




 廃村から五キロほど離れた崖下。ここまで距離をとれば屍人ゾンビに襲われることもないだろう、物陰であれば火をいても気付かれる心配はない。


 手を伸ばせば届きそうなほどの星空だと思い本当にそうしてみたが、やっぱりこの手に触れるものは何もなかった。

 耳を澄ませるまでもなく虫の声が変わってきた。今年の夏はずいぶんと暑かったけれど、それももうすぐ終わる。


 後ろを振り返れば、ロッドベリーで買った魚の干物をあぶりつつ葡萄酒をあお飲んだくれエブリウスさん。この人と二人で野営なんて、補佐を務めていたあの頃以来だ。


「食うか? 旨いぞ」


「いただきます。えへへへへ」


「なんだ、気持ち悪いな」


「こういうの久しぶりだなあって」


 焚火たきびを挟んで向かいの倒木に腰を下ろせば、ふんと鼻を鳴らして再び葡萄酒をあお飲んだくれエブリウスさん。なんだか満足そうに口元が笑っているように見えるのは気のせいだろうか。


「それにしても、お前が侯国勇者とはな。世も末だ」


「言わないでくださいよ、私だってそう思ってるんですから」


「だがまあ、事前調査に不足はねえ。剣術もまあ一人前だ、作戦立案だって悪くねえ。はいつまでもじゃねえってか」


「……感謝してます。今でも」




 今の私があるのはドラゴンから身をていして助けてくれたあの勇者様と、この師匠のおかげだ。

 抱えた両膝の奥からその顔を見ると、灰色の中に白髪が少し増えたような気がして少し寂しくなる。この人にはちょっとした憧れのような気持ちが胸の奥にある、でも少し歳が離れすぎているかな、でもでも……などとこちらは乙女心をくすぶらせていたというのに、この人ときたら。


「そういやお前、あの坊主とはどこまで行った?」


「はあ!?」


「あのエクトールって奴、頭でっかちで相当奥手だろ。下手すりゃ未経験チェリーだ、お前が何とかしろ」


「どうして勝手に決めつけるんですか! 師匠だってリットリアさんのこと、どう思ってるんですか!」


「ああ!? 何で今あいつが出てくんだよ!」


「知ってるんですからね! 軍学校の同期で仲良かったことも、遊撃隊の隊員章を叩きつけて出て行ったことも!」


「あの野郎、余計なことを……あいつは今でこそ取り澄ましてやがるが、とんでもねえ奴だぞ。酒飲んだら脱ぐわからむわ、ちち丸出しで説教される身にもなってみやがれ」


「いやー! やめてください! リットリアさんはそんな人じゃありません!」


「いいや聞け。それだけじゃねえぞ、夜中にさんざん酔っぱらった挙句に軍学校の教官に対してな……」


 両手で耳をふさいで目までつむる私に構わず、飲んだくれエブリウスさんは延々とリットリアさんのあられもない痴態をしゃべり続けた。この日私はちょっと人間不信になってしまったかもしれない。



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