凡才隊長と飲んだくれ(四)

 隊長である私がまず気をつけたのは、目的地への接近経路と到着時刻。ルイザの町から朝一番の駅馬車で最寄りの駅逓えきていまで移動し、荒れた道を徒歩で二刻ほど。

 廃村の手前で街道を外れて山中に分け入り、稜線を越えて向こう側を見下ろすと、崩れかけた家々の間に数個の人影がうごめいていた。これから最も陽が高くなる時間帯、敵情を確認するに十分な明度があり、その後強襲するにしても撤退するにしても十分な時間がある。


「やはり屍人ゾンビですね。三、四……目視で確認できるのは五体」


「で、どうするよ?」


「まずは威力偵察をします。必要に応じて屍人ゾンビと交戦しつつ敵情を探り、一度撤退。再度ここに戻って夜まで待機、深夜に打ち鳴らされるという音楽を確認した上で後の方針を定めます」


「了解だ、隊長」


 年齢も実力も経験も私よりずっと上のこの人に隊長扱いされるのは相当にのだけれど、きっとわざとなのだから仕方ない。私は背中に飲んだくれエブリウスさんを引き連れ、木陰に身を隠しつつ村に接近した。




 三十戸余りの家はほとんど原形を保っているが、生活感が全く感じられない。戸は破れ壁はむしられ井戸は壊れ、道にはそれらの残骸が転がっている。

 その中をうごめくのは半ば腐敗した身体を引きずり、申し訳程度の衣服を貼りつけただけの生命なき存在、屍人ゾンビあたり一帯に漂う腐臭は彼らの接近とともにさらに強まり、ずるずると肉を引きずる音が加わるともう嗅覚と聴覚を投げ捨てて逃げ出したいとさえ思う。


「……!」


 物陰から機をうかがい、気配を殺しつつ抜き身の長剣バスタードソードを一閃。ごとんと重い音を立てて屍人ゾンビの頭部が落下し、残された体はどの方向に倒れようかさんざん迷った末に横倒しになった。


 刀身を布でぬぐい、深く息をく。彼らは当然ながら痛覚が無く、手足を切り落としたり胴体を深く傷つけたくらいではひるまない。頭部を切り離せば活動を停止するのはそこに偽りの生命力を吹き込まれているからだと言われている……


「俺は待機か? 隊長」


 剣を鞘に納めたまま無精髭ぶしょうひげを撫でる飲んだくれエブリウスさん。その顔に緊張感は無く、むしろ暇そうにさえ見える。


「え、は、はい。抜剣許可、無闇に交戦せず私を援護してください」


「おい隊長、前方不注意だ」


 後ろを振り返って指示を出した私は、前方から飛び込んできた獣の影に気付くのが遅れてしまった。その体当たりを辛うじて楕円盾オーバルシールドで受け止めたものの、腐臭と獣臭が入り混じった飛沫が顔にまで飛んでくる。


「ひゃあああ!」


屍狼ゾルプスだ。口を開けるな、奴らの体液が入ると病気になるぞ」


 口を固く結んだまま涙目で、でも体はちゃんと反応していた。再び跳躍してきた屍狼ゾルプスかわしざまに剣先を合わせ、その口元から横腹まで存分に切り裂く。背中から軽薄そうな口笛が聞こえてきた。




 一通り見て回った廃村の中に屍人ゾンビ以外の気配は無く、夜中に響く音楽とやらの手掛かりも、屍人ゾンビを作り出した魔術師の姿も見当たらない。これ以上の偵察は無意味と判断した私は威力偵察を切り上げ、再び村を見下ろす山中に戻って夜を待つことにした。そして迎えた夜半頃……


 村の中で最も大きい、農村には似つかわしくない二階建ての館からそれは聞こえてきた。小太鼓、大太鼓、横笛、弦楽器に喇叭トランペットまで。勇ましい曲調のそれはまるで行進曲、いや、軍歌のようだ。


 星空の下を勇壮に響き渡る軍歌、だがそれを聴く者は私達の他に命無き者のみ。雄々しく勇ましく整然と、だが無意味にかなでられたそれはやがて、何の前触れもなく消えた。


「これは一体……?」


屍人ゾンビが夜な夜な音楽会やってんだろ? お前が言ってたじゃねえか」




 ほんとこの人、頭にくる。私はにやにやとしか表記できないような馬鹿にした笑いを浮かべる部下を、頬を一杯に膨らませてにらみつけた。



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