凡才隊長と飲んだくれ(三)

 宿泊のために立ち寄ったルイザの町では、くだんの廃村について新しい情報が得られた。

 何でもその廃村では夜中に音楽が打ち鳴らされるだけでなく、付近に昼夜問わず屍人ゾンビがうろついているという。


 もちろんこの件は何度もロッドベリー行政府に報告しているのだが、担当の職員からはそれなりの報酬を用意してもらわなければ勇者は派遣できない、討伐対象が屍人ゾンビとなれば精神的な苦痛を伴うため割増料金が必要だ……などと告げられ、おまけにルイザの町自体には被害が出ていないのだから実害なし、優先順位が低いなど散々な言われようで、結果なし崩しに放置されているといった状況のようだ。

 そしてこれらの事情を聞いた私が、飲んだくれエブリウスさんにそのまま伝えたところ。


「わかんねえ奴だな。賄賂わいろをよこせって言ってんだよ、その職員は」


「ええ!? そんなこと言ってました!?」


「ガキの使いかよ。行政府に行った奴もお前と似たり寄ったりの阿呆だったんだろ、だから無かったことにされて何年も放置されてんだよ」


「ど、どうすれば良いと思いますか?」


「さあな。隊長のお考えに従うさ」




 そう言われて私は今さらながらに頭をひねった。そうだった、この人は事あるごとに「出来の悪い頭でいいから自分で考えろ」と言っていたものだ。後で考えるとそれは『考える』ということの訓練だったのだけれど。


「……行政府の問題はひとまずあと回しです。さしあたっての問題は廃村に出没するという屍人ゾンビです」


屍人ゾンビと戦うにあたって何に気をつけたらいい?」


「ええと……」


 屍人ゾンビ人間ファールスに限らず、妖魔や動物の死体に魔法で偽りの生命を与えられた存在。崩れかけた肉体をひきずって彷徨さまよい歩き、生ある者に群がり喰らうという。

 彼らに噛まれた者は新たな屍人ゾンビになるという説が一部で根強く信じられているが、これは誤りだ。もしそうであれば世界中に屍人ゾンビ蔓延はびこっているに違いない、私でもそう思う。


屍人ゾンビ自体は知性に乏しく動きも鈍く、それほど厄介な相手ではありません。彼らを作り出した魔術師の存在がより危険と思われます」


「そうか、わかった」


 知ってるくせに、と口をとがらせる。飲んだくれエブリウスさんほどの手練てだれがこの程度のことを知らないはずがない、私の知識と思考を試したに違いないのだ。




 当然ながら屍人ゾンビなどというものが自然発生するはずはなく、魔法によって彼らに偽りの生命を与えた者が必ずいる。

 ただし屍人ゾンビを作り出す魔法は世界中で禁術とされており、それが明るみに出れば厳しく罰せられる。つまり屍人ゾンビ発生にはそれをいとわない魔術師か、または魔法を使える妖魔の関与が想定される……


「夜中に始まるという音楽と屍人ゾンビとの関係は何だと思う?」


「ええと、ええと、屍人ゾンビが夜になると楽器を持って……?」


「お前の脳みその中身は楽しすぎるな、おい」


 笑いをこらえるように無精髭ぶしょうひげを撫で回す飲んだくれエブリウスさん。私だっておかしいと思いつつ必死に考え出した答えなのに、この反応は酷いと思う。


「ううう……そんなのわかるわけないじゃないですか!」


「わからねえことはわからねえ、でいいんだ。面白え想像してんじゃねえ」


「もう! いつもは足りない頭なりに考えろって言うくせに!」


 とうとうこらえきれずに笑いだす三十路みそじ男。この人やっぱり意地悪だ、私に隊長を押し付けたのもこうやって馬鹿にして楽しむために違いない。まったく性格悪いんだからと、うらぶれた背中に向けて思いきり顔をしかめてやった。


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