凡才隊長と飲んだくれ(二)

 駅馬車はとある駅逓えきていにたどり着き、乗客である私達は思い思いに昼食を摂り始めた。

 イスマール侯国の主要な街道には各所にこのような駅逓えきていが整備され、馬に干し草や水を与えることができるとともに乗客の休憩所にもなっている。

 大きなものでは数名の兵士が常駐して街道の治安を維持しているし、商魂たくましい商人が土産物や食料を売っていることもある。侯国が治安維持と物流の安定に力を入れている証左だ。


「どうですか? 美味しいですか?」


「まあまあだな」


「そういう時は嘘でも『美味しい』って言うんですよ! まったくもう」


「ああ、お前にしちゃ上出来だ」




 憎まれ口をたたく飲んだくれエブリウスさんに向けて頬を膨らませたのは私。せっかくリージュの真似をしてお弁当を作ってきたというのにこの反応、いい年をして恋人もいないのはこういうところが原因だと思う。まあ私のお弁当も、味はともかく見た目はもうちょっとどうにかならないのかとは思うけれど……


「で、その廃村ってのはあとどれくらいで着く?」


「ええと……」


 背嚢バックパックから取り出した地図とにらめっこすることしばし、私は答えを導き出した。


「ルイザの町で一泊して、その次の駅逓えきていで下りるのが一番近いですね。そこからはおそらく道が整備されていないので徒歩で向かうことになります。なので予想よりも時間がかかるかもしれません」


「そこはいつから人が住んでねえんだ?」


「十年ほど前の飢饉ききんが原因で徐々に人が減っていって、三年前の調査で全く人が住んでいないことを確認したそうです」


「それ以降の情報は?」


「昨年と一昨年は調査が行われていません。先日三年ぶりに行政府の現地調査員が訪れたところ、夜中にけたたましい音楽が打ち鳴らされているのを聞いたそうです」


「なんだ、ちゃんと調べてんじゃねえか」




 つまらなそうに無精髭ぶしょうひげを撫でた飲んだくれエブリウスさん。どういう事だろう、もしかして私の調査不足をなじりたかったのだろうか。


「当たり前です! もう前の私じゃないんですからね!」


「そうかあ? どうせ補佐がついたらさぼってんだろ」


「うっ、それは……」


おつむが弱いとか言って、事前調査も作戦立案もあいつらに任せてたろ」


「うぐっ……」


「あの嬢ちゃんも坊主も、お前には過ぎた補佐だ。自覚しやがれ」


「わ、わかってますよ、そんな事!」


「今回の隊長リーダーは任せる。お前が作戦を立てて、俺を使え」


「うえええええっ!?」


 雑談をしていただけだというのに、何だかよくわからないままに隊長リーダーを押し付けられてしまった。師匠は一体何を考えているのだろう、それにこの人、ちゃんと私の言うことを聞いてくれるのだろうか。


 私の戸惑いをよそに、うらぶれた三十路みそじ男はばりばりと音を立てて野菜たっぷりのサンドイッチをむさぼるだけ。この人は一生結婚できないんだろうなと思った瞬間だった。


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