第四章 凡人には広すぎるこの世界
凡才隊長と飲んだくれ(一)
大陸北方にて独自の発展を遂げたこのグロッサ地方では、大きく分けてイスマール侯国、ピエニ神聖王国、南方都市国家群の三勢力が覇を競っている。
一勢力が大きく力をつければ他の二勢力が手を結び、二勢力が相争えば一勢力が弱者に加担し均衡を保つ。あまりに長く戦乱が続けば北方の『ドゥーメーテイルの大樹海』から
要するにその時々の都合によって敵味方がころころ変わるような関係は百年以上も続いており、今後もそれは変わらないのだろう。ゆえに国軍の過半は他勢力に対する備えに回され、各地に
『勇者』はその有力者の力が及ぶ範囲内において俸給と特権を与えられるが、それゆえ
晴れて侯国勇者に認定された私は、イスマール侯国全土において特典を受けられるようになった。
認定店での割引率は五割に引き上げられ、地方領主との面会が可能になり、望めばこのイセルバード市内の住居を無料で借り受けることもできる。
これまでのロッドベリー市と同様に国内各地の行政府で依頼を受けることもできるが、各市が認定する勇者の仕事を奪ってしまうことになるためあまり好まれない。大抵は独自の判断で国内を回って妖魔討伐や正規軍の補助などの仕事を行い、定期的に侯爵家に報告して俸給を受け取る。その際侯爵様から直接密命を与えられることもあるという。
定期俸給は百日ごとに百万ペタ、これは無駄遣いさえしなければ十分に生活できてしまうほどの金額だ。もう土木工事やどぶ
それにもちろん、侯国勇者になったからといって強くなった訳ではない。未熟な私はまず経験を積むため、先輩勇者と共に廃村の強行調査を任された。その先輩とは……
「よう、待たせて悪いな」
灰色の頭髪に若白髪、
今年も『大討伐』を控えてロッドベリー市の現地調査員や認定勇者が周辺地域の調査を行ったところ、ある廃村にて異常を確認したらしい。
何でも無人のはずの村で深夜に笛や太鼓などが打ち鳴らされ、夜半過ぎには鳴り
移動には乗合の駅馬車ではなく、ロッドベリーに向かう侯爵家直轄の商人さんの馬車に同乗させてもらうことができた。もちろん護衛を兼ねてのことではあるが、装飾付きの外装といいクッションがたっぷり入った座席といい、ずいぶんと良い扱いだと思ったものだ。
無料での快適な旅、勝手知ったるロッドベリー。まずはどこで昼食にしようかと考えていたのだけれど、町に着くなり
この人は遊んでいるかと思えば情報収集をしていたり、そうかと思えばやっぱり飲んだくれていたりするので、今回も行先はわからない。仕方がないので行政府への到着報告と詳細の確認は私が行うことになった。
「これは侯国勇者様、お待ちしておりました」
危機管理課窓口の
「お久しぶりです、リナレスカです。今回の依頼の詳細を教えてください」
依頼書を受け取り丁寧な説明を受けて、次は調べ物のために住民課に寄らなければ……と廊下を歩いていると、北側の待合室で見覚えのある丸い背中を見つけた。
「ローラばあちゃん!」
「あらリナちゃん。お久しぶりだねえ」
私がこのロッドベリー市を拠点にしていた頃に茶飲み友達だったローラばあちゃんはいつも南側の待合室で日向ぼっこをしていたものだが、夏は暑いので北側のそれで涼んでいる。家が近いわけではないけれど、健康のために半刻ほど歩いてここまで来ているのだという。
「侯国勇者になったんだってねえ。おめでとさん」
「えへへへへ、強くなったわけじゃないんですけど」
「国じゅうを旅して戦うんだろう? 心配だねえ。辛くなったら帰っておいでよ」
「はい。また来ます、お土産持って」
お婆ちゃんにもらった焼き菓子を
町と町の間の距離、道中に立ち寄る町の規模、駅馬車の有無、料金、目的地である廃村の状況……事前に調べることはたくさんあるのだ。それらは快適な道中を送るために必要なものだし、効率良く往復できれば時間とお金を節約することにもなる。時には任務の成否に影響を与えることもあるのだから手を抜いてはいけない……とは、私の補佐を務めてくれたリージュとエクトール君が口を
優秀な補佐がいるとつい頼ってしまうけれど、その気になればちゃんとできるんだから。と、私は誰に言うでもなく
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