左利きのエクトール(九)
「私もそう思うよ、今のきみになら私だって勝てる」
これは予定に無い台詞だったけれど、師匠が得意とする挑発を真似てみたものだ。
「……リナさん、僕はきみを斬りたくない。でも『
「わかってるよ。きみがその剣に心を
「僕だってわかってる。でもきみを斬ったら僕はもう後戻りできない、全ての悪を滅ぼすまで止まらないだろう」
「なら
「いいや僕は! この世の悪を殺し尽くす鬼になる!」
背筋に
夏風を切り裂いて剣聖の刃が迫る。到底見切ることなどできない斬撃、だが私は余裕を持って飛び
「わからない? きみにそれは使いこなせない!」
だがそれは必ず左手に握らなければならない。右利きの者が左手で剣を扱おうとすれば動作が不自然になる、体の均衡を保てない、むしろそれは剣にとって
無双の剣は剣のみでは成り立たず、鍛え抜かれた身体と磨き抜かれた
「ほら、そんな物に頼るから! 今のエクトール君は私にだって勝てない!」
「遠くから偉そうに。一歩でも間合いに入ってみなよ、それだけできみは終わりだ」
「それで強くなったつもり? 誰も彼も警戒して
「ちっ、
胸から腕、剣を握る手から
さらに間合いの外から
「くそっ、こんな……」
「私なんかに負けてるようじゃ、この世の悪を殺し尽くすなんて無理だよね!」
「でも僕はやらなきゃいけないんだ! 僕は自分の無能が許せない!」
そうか、と一つ納得したことがある。彼は自身の能力に絶対の自信を持ち、成し遂げてきたものに誇りを持っている。それをペイルジャックに否定され、揺らいだ心の隙を突かれたのだ。彼と私が決定的に違うのはそこだ、私は自分の限界を知っているからこそ魔人の誘いに乗らずに済んだのかもしれない。
「じゃあ私なんてどうするのさ! 無能が駄目なら生きていけないじゃない!」
私が握る
互いの先端が一度触れ合っただけ、ただそれだけで剣を撃ち落とされそうになる。恐るべき剣聖の技、しかし『
「もういいだろ、坊主。お前の負けだ」
歩み寄る
「いいえ、まだです。来い! 【
地面に突き立った『
「悪いな、そいつは解除させてもらった」
この前日、私は
決着。全てを悟ったエクトール君はその場に両膝をついた。
「僕の負けだ。『
「前のエクトール君ならそんなものいらない、僕にはこの頭脳がある、って言ったと思う。その剣のせいできみは弱くなってたんだよ」
「……そうかもしれないね」
その後のエクトール君は
ともかく『
「ふむ? 君は何か罪を犯したのかね?」
「……いいえ」
「ふはははは、若さゆえの回り道を罪と呼ぶなら、
だが侯爵様は簡単に笑い飛ばした後、急に有無を言わせぬ口調になった。
「エクトールよ、勇者を辞することは認めぬ。己の弱さを自覚した上で
「は、はい!?」
「
即日。心の準備も整わぬまま侯国勇者の身分を示す銀の首飾りを侯爵様に掛けられ、私はいつの間にか師と肩を並べることになった。
「おい、ぼけっとしてんじゃねえ。何か言え」
昼間だというのにお酒臭い師匠に平手でお尻を叩かれて頬を膨らませる私だったが、認定してくれた侯爵様に何かお礼を言わなければならない。何か気の利いた言葉を……などと頭では思ったのだけれど、口から出てきたのは平凡きわまる挨拶だけだった。
「えっと、が、がんばります!」
赤い
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