左利きのエクトール(四)

 新緑の香りと血の匂いが入り混じる針葉樹林。小鬼ゴブリン食人鬼オーガーが大小の肉片に変わり血溜ちだまりがそこかしこに残る中、私はこの惨状を作り出した人物と相対していた。


「エクトール君、あなた左利きだった……?」


 問い詰めるような印象にならないよう気を付けたつもりだったが、どうしても表情も口調も厳しいものになってしまう。雑な強襲、武をたのむ戦い方、相手をあなどるような態度、返り血に染まった顔、どれをとっても彼らしくない。


「いいや、僕は右利きだ」


「じゃあ今の戦い方は何? その剣は何? きみは本当にあのエクトール君?」


「そうだよ。見ればわかるだろう」


「私が知ってるエクトール君はこんな人じゃない。剣が下手で、でも頭が良くて抜け目が無くて、他の誰にもできない戦い方をする人だった」


「そうかい? 何も変わっていないよ」


 知らぬふりで大袈裟おおげさに両手を広げるエクトール君だったが、いくら私でもこんな演技に丸め込まれたりはしない。


「その剣、『左利きの剣聖シニストラ』だよね。どこで手に入れたの?」


「知っているのかい? どこだっていいじゃないか」


「旅の商人と名乗る人からもらったなら、そいつは魔人ペイルジャック。人間ファールスに擬態できる魔軍将アーク・レムレス級の妖魔だよ」


「どうして妖魔が僕に神託装具エリシオンを渡すのさ? 彼らの利益にならないじゃないか」




 それはそうだ。反論されて私は答えにきゅうしてしまった。仮にあの男がペイルジャックだったとして、私達に神託装具エリシオンを与える目的がわからない。だから私は話題を変えた。


神託装具エリシオンには必ず代償デメリットがあるのは知ってるよね。その剣の代償デメリットは何?」


「知らないな。少なくとも今のところ、体には何の異変も無い」


「らしくない! エクトール君らしくないよ、何もかも!」


 言葉を交わすたびに悲しくなってきた。あの賢明なエクトール君が正体不明の人物から神託装具エリシオンを受け取り、代償デメリットさえ自覚せずに使い続けるなんて考えられない。


「ポタ村があの後どうなったか、知っているかい? きみと僕が出会ったあの村だ」


「……知ってる。見てきたもの」


「なら分かるだろう、僕らがやった事は無意味だったんだ! どれだけ設備を作って自警団を組織したところで、強力な妖魔に対しては何の役にも立たない! 僕が少しばかりの知識をひけらかしていい気になったばかりにたくさんの人が死んだんだ!」


 エクトール君の口調が変わった。飄々ひょうひょうとした表皮ががれて激しい感情があふれ出す。


 彼は私よりも先に、侯爵家の兵とともにポタ村を訪れたという。その時彼が見たのは見る影もなく破壊された村と、放置された住民の遺体だった。共に防衛設備を作り上げ、村の拠点化に協力してくれた人達の成れの果てを見るのはどれほど辛かったことか。


「いくら防衛設備を作っても、物資を集積しても、村人を訓練しても、奴らにとっては玩具おもちゃみたいなものさ。だから僕はどうしても力が欲しい」


 そう言ってエクトール君は剣の鞘を掴んだ。白銀色のそれは木漏れ日を反射して、自らの意思を示すように鈍く光る。

 彼は体力面の不足を理由に軍学校を退学したと聞いた。それを補って余りある智謀で侯国勇者になったというのに、まだ劣等感がぬぐえないのだろうか。


「エクトール君は前の方が勇者らしかったよ。人のために知識と知恵を絞って、悩んで考えて工夫して。だから私はきみを尊敬してた。でも今のエクトール君は強いだけ」


「触るな!」


 私が一歩足を踏み出し左手を動かすと、エクトール君は過剰に反応して抜剣の構えを見せた。

 全体の均衡バランスがおかしい、体のひねりが利いていない、柄を握る手に力が入りすぎている。先程は達人のような剣舞を見せた彼の素人のような構えに、恐怖よりも悲しさを覚えてしまう。


「これを抜けばきみの命は終わりだ。わかるよね」


「その力はエクトール君のものじゃない。それはきっと、きみを不幸にする」




 にらみ合うことしばし。いつまで待っても構えを解かないエクトール君を前に、私はきびすを返した。

 正しい心を持つ者が妖魔を倒す力を得、それをもって民を救った。なのにどうしてこうも不安を掻き立てるのだろうか。


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