侯爵様の茶番劇(三)
イスマール侯爵の居城はイセルバード市を見下ろす丘の上にあるため、長い長い上り坂を上らなければならない。そのため護衛の一人が馬を下り、私達が乗る馬車を二頭で引いて坂を上る。それでも馬が気の毒になるほどの坂道で、とうとう私は馬車を降りて「がんばって!」と馬の首を撫でつつ自分の足で歩くことにした。
砂岩と
このお城には
古めかしい調度が並ぶ応接室で待つこと
「久しいの、ロッドベリー勇者リナレスカ。あの時の小娘が立派な小娘になりよったものよ」
「あ、は、はい! 覚えていてくださったんですね!」
侯爵様にはこの応接室で何度か会ったことがある。大抵は
「さて、エクトール・レーベル。試すような真似をして悪かった、良ければお主を侯国勇者に認定するが、どうだ?」
「今の僕は勇者リナレスカの補佐です。主人の許可がなければお答えするわけには参りません」
「え? なに? どゆこと?」
三人に顔を向けられた私は何が何だかわからず、両の目と両の掌をいっぱいに広げるだけ。助け船を出してくれたのはパニエさんだった。
「ほら、お
「わはははは! すまんの、若者には試練が必要と思うてな」
「これは試練ではなく茶番というのです」
侯爵様を相手に手厳しいことを言うパニエさんはこれまでのふわふわした雰囲気を脱ぎ捨て、口調どころか顔つきや目つきまで謹厳さを感じさせる風貌に変わっていた。
これまでのことを
「ええ……エクトール君はいつから気づいてたの?」
「最初からだよ。いくらでも怪しいところがあったじゃないか」
そうだったろうか。いくら頭をひねってもわからない私にエクトール君が言うには、裕福な商家ならば信用できる女性の護衛を自前で用意することも可能なはずだ、私だけを指名するならともかく補佐まで名指しで依頼するのは不自然だ、宿泊先などの質問に対する答えが明確すぎるのは最初から答えを用意してあったからに違いない、イセルバードのベネッタといえばイスマール侯爵家直営の店であり、それを営むのは中年の女主人ではなく六十歳を超える侯爵の妻だったはずだ、自前の護衛が全く機能していなかったのは僕達の仕事ぶりを見るためだろう、それから……他にも色々あったらしい。
「このような茶番に付き合わせてしまい申し訳ありません、勇者エクトール。聞きしに勝る洞察力、さすがはあのリットリアの推薦だけありますね」
「そういう訳だよ、リナさん。僕だけじゃパニエさんもつまらなかっただろうけど、きみの反応は楽しんでくれたと思うよ」
「ふにゃああああ!」
茶番劇にすっかり
翌日の認定式典では一見
彼はこれで
「失礼。勇者リナレスカ様ですね?」
「はい、あなたは……?」
イセルバード市郊外。見た目の通り旅の商人であると告げたその若い男性は平凡な名前を名乗り、何の表情も浮かべないまま口だけを動かした。
「あのエクトールなる者、補佐たる
「え? 私はそんな……」
「つきましては、リナレスカ様に
そう言って商人さんは一振りの
そして……
慎重に表情を消したが背中を汗が伝う。
「あ、あはははは……買いかぶりです。エクトール君は侯国勇者になって当然ですし、私なんかが
「何を
決まりだ、この商人はペイルジャック。ラウドルック遺跡で魔人ペイルジャックと遭遇した一件は行政府に報告したものの、証拠不十分として公式記録には残されていない。それを知っているのはジェダさんやアリスタさんなどごく一部の勇者とペイルジャック本人のみ。あの時の個体は確かに
「いやあ、
探るような目を向けてくる自称商人に別れを告げて、私は歩き出した。背後の気配が遠ざかり、雑踏に紛れてようやく息をつく。
この時私は恐るべき敵から逃れたことで
「侯国勇者エクトール様ですね? この
「失礼ですが、どなたですか? 面識は無かったと思いますが」
「旅の商人でございます。どうかこの
「見ず知らずの方からそんな貴重な品を受け取るつもりはありません。どうしてもと言うのであればイスマール侯爵を通してください」
「さすがは卓絶した智謀を
「末路だって……?」
「左様、かつて
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