侯爵様の茶番劇(一)
私はとても張り切っていた。何でも私とエクトール君を指名しての依頼が入ったそうで、これから行政府の一室を借りて依頼者の方と打合わせを行うというのだから。いくら私でも街中で踊り出したりはしないけれど、春の石畳を打つ足音は軽い。
「今日の~お肉は~なんだろな~。ぶたさん、とりさん、おっさかなさん♪」
「気持ち悪いよ、リナさん。それに魚は肉じゃない」
「お魚さんを差別しちゃいけないんだよ! 何でも食べなきゃ!」
「きみは僕に会話の無益さを伝えようとしているのかい? それならば十分すぎるほど伝わったよ」
大都市ロッドベリーの中央通り、満開の桜の下でくるりんと一回転した私から距離をとるエクトール君。私の真似をしてくるくる回りながら飛び跳ねる女の子と笑い合うと、そのままの足取りで行政府に向かった。
危機管理課の
「あらあらまあまあ、可愛らしい勇者様だこと。よろしくお願いしますねえ」
この人が依頼者なのだろう。少々
パニエさんはイスマール侯国の首都イセルバードで服飾店を営んでおり、ロッドベリー市での商談を終えて帰るところだという。自身の護衛を連れてきてはいるものの、春になりもうすぐ動きが活発になるであろう妖魔や野盗に備えるため帰途は追加の護衛を雇いたい。最近ロッドベリー市で活躍しているというリナレスカさんとエクトールさんを是非……と行政府にお願いしたという。片道三日の道中でかかる費用はすべて依頼者負担、報酬額は相場の二倍以上である一人三十万ペタ。
「ご指名ありがとうございます! 頑張ります!」
「ご指名感謝します。まずはいくつか確認したいことがあります」
初めての指名にすっかり舞い上がってしまった私とは対照的に、エクトール君の反応は冷静なものだった。彼は一応失礼にならないように気を使ったつもりなのか、表情を消したままいくつか質問を重ねていく。
「僕達はロッドベリー市に認定された勇者の中で突出した活躍をしている訳ではありません。わざわざ僕達を指名した理由をお聞かせください」
「そうね。やっぱり常に一緒にいてもらうのは同性がいいわ。女性の勇者は数が少ないし、それから私は若い勇者を援助するのが趣味のようなものなの。半分は道楽だと思ってちょうだい」
「常時護衛をお望みという事は、何か危険を想定されているのですね? 道中の危険はどのようなものを想定していますか?」
「そういう訳ではないわ。さっきも言ったように半分は道楽なの。若くて将来性のあるあなた達にこれから何度も護衛をお願いするかもしれないのだから、お話もお食事も一緒に楽しみたい。その方がお互いにとって良いでしょう?」
「片道三日の予定との事ですが、道中の宿泊予定は決まっていらっしゃいますか?」
「一日目はテルべ市の『ベイロードホテル』、二日目はルルザの町の『森の泉亭』よ」
「目的地はイセルバードとお聞きしましたが、市内のどこまでお送りすれば良いですか?」
「ベネッタという服飾店の本店までお願いします」
「そこがパニエさんの営んでいるお店なのですね? では……」
「ちょ、ちょっと、エクトール君!」
パニエさんは品の良い微笑を崩さず質問に答えてくれているけれど、せっかく指名してくださった依頼者を質問攻めにしてしまっては失礼だと思う。私は二人の間に体を割り込ませるようにして右手を差し出した。
「ご依頼、快くお受けします。よろしくお願いします!」
ようやく契約完了の握手。小太りの体型と血色の良さからもっと温かくて湿った手を想像していたのだけれど、依頼者の右手は意外にも硬くてがさついていた。
窓から覗くのは
幸先の良さを感じさせる依頼を受けた私は、久しぶりの勇者らしいお仕事に胸を躍らせた。
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