聖都ファル・ハールと神聖勇者(四)
リージュの家には結局、七日間も滞在させてもらった。
妹のメルちゃんとは一緒に町に行き、買い込んだ食材で夕食を作ったり後片付けをしたり。この子はどこまでもリージュにそっくりで、自分よりも二人の弟のことを優先させてしまうところがある。買い物ついでにクレープを買い食いしてもどこか落ち着かない様子で、しまいには食べずに持って帰ると言い出したくらいだ。
「食べちゃっていいんだよ。みんなにはお土産買って行こう」
「はい、それなら……」
弟のサリオ君には海のむこうに渡った勇者の伝記を買ってあげて、エルロン君とはその帰りに雪まみれで
全然性格の違う二人は意外にも仲が良く、リージュお姉ちゃんがどれほど自分達のことを大切にしてくれたかも良く理解している。だからこの
「ありがとうございます! 僕、たくさん本を読んで、いつかリナさんの伝記を書きます!」
「なあリナちゃん、結婚って知ってるか? ずっと愛し合って二人で暮らすんだって。俺、リナちゃんと結婚してもいいぞ!」
お酒と借金で子供達に苦労をかけてしまったお母さんは新しい生活が始まったのを機に立ち直るかと思えばそうでもなく、お金に困らなくなったのを良いことに飲み歩いているらしい。どうやら私と顔を合わせたくないのか、滞在中に顔を合わせたのは一度だけだった。
リージュは一日だけのお休みを使って、ファル・ハールの町を案内してくれた。
この町は雑多なロッドベリー市とは違って、整然と区画分けされた街路に壁は白、屋根は黒という同じような色合いの店が並んでいる。これは王国法で厳格に定められていて、至高神ラ・ハイゼルを奉じる聖都として意思を統一するという意味合いがあるそうだ。
その中にあって商店の方は看板に工夫を凝らしており、赤い看板は宿屋、青い看板は飲食店、緑は……と一目で見分けがつくようになっている。さらには糸と
「あ、これ分かった! 青い看板にカップの絵だから喫茶店!」
「ふふ、正解。ちょっと寄っていこうか」
信じられないことに、カフェラテの表面から立体的なくまさんの顔が飛び出している。空気を含ませたミルクの泡で作られていると聞いたけれど、聞いたところでやっぱりよくわからない。
「どうしたの?リナちゃん」
「あ、ううん、なんでもない。可愛いなって」
つい空想してしまう、この子と一緒にずっと旅ができたらと。いろんな町を巡って、こんなふうにお買い物をして、美味しいものを食べて。
でもこの子は隣国の勇者で、私はロッドベリーに帰らなければならない。明日になれば私達はまた別の道を
喫茶店を出た私達は、黄色い看板の雑貨屋さんでお揃いの
「本当にこれがいいの? 何ていうかその、キモ……」
「可愛いよねこれ!? どうしてわっかんないかなー」
私は一目でこれを気に入ったのだけれど、どうやらリージュとは見解の相違があるようだ。いずれにしても忘れたくても忘れられない、それほど印象に残る造形をしている。お揃いのそれを私は剣の鞘に、リージュは杖に取り付けた。
どこまでも気遣いが上手なリージュは、私のために国境までの馬車の乗車券を用意してくれていた。それから帰りの路銀も。
「歩いて帰るつもりだったでしょ。国境からも馬車に乗るんだよ?」
「いやあ、あはははは……」
頭を掻いてごまかす私に籐の
「うわあ、あの時と同じだ!前にもお弁当作ってくれたよね、ほら、いつだっけ。二人で最初に受けた依頼のとき」
「あ、うん、そうだっけ?」
「ありがとう! 絶対また来るね!」
馬車に乗り込み早速お弁当を開けると、あの日と同じ懐かしい匂いがした。
すっかり満足してそれを頬張る私は……親友の微かな変化に全く気付いていなかった。
◆
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。このお話に出てきた芋虫のストラップは
保紫 奏杜様 『ウェーブ&ムーブ〈惑星テクトリウスの異邦人〉』
https://kakuyomu.jp/works/16817330653313722580
の主人公ロクサーナが溺愛する『C.L.A.U.-1(クロウ・ワン)=クロちゃん』という芋虫型の愛玩機械の外見をそのまま使わせて頂きました。終盤のキーアイテムになる? かもしれません。
掲載の許可を頂きました作者様にお礼申し上げます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます