聖都ファル・ハールと神聖勇者(三)

 黒っぽい砂岩で作られた古い砦だ。吹きさらしの丘の上にあるためか積雪は薄く、凍った地面がところどころ露出している。


 もちろんロッドベリー砦に比べれば極めて小規模だけれど、四方を囲む城壁に見張りやぐら。城壁の上には十名以上の弓兵がいて、中にはクロスボウまで持っている者もいる。敵はこちらを察知していたようで、既に臨戦態勢にある。


 防御を固めた砦を攻め陥とすには防御側の四倍の兵力が必要であると教えてもらったことがある。それが本当だとすれば五十を数える敵に対してこちらは二百人の兵士を揃えなければならない。ところがこちらはたった十五名、普通に考えれば無謀にもほどがある。いくら神聖勇者セイクリッドアリオスさんと銀の乙女プラテースリージュがいたところで……




「魔術師を中心に半円陣キュクロス!」


 神聖勇者セイクリッドの号令一下。揃いの白い軍装をまとった兵士さんが大盾を並べ、リージュともう一人の魔術師、ついでに私を半円の中央に閉じ込めた。

 自ら先頭に立つ神聖勇者セイクリッドが砦に向かってゆっくりと歩を進め、全員がそれに倣う。かけられた矢がばらばらと降り注ぎ、いくつかが盾に跳ね返ってもその歩みは止まらない。やがて砦の手前三十歩ほどまで迫った頃、新たな指示が下された。


「全体停止、密集隊形! 詠唱始め!」


 再び指示が飛び、盾に守られた二人の魔術師が詠唱を始めた。

 どうやら最初から作戦も使用する魔法も決まっていたようで、皆の動きには一切の乱れも迷いも感じられない。詠唱の声すら完璧に同調しているところを見ると、何度も演習を繰り返していたのかもしれない。


「天に浮かぶ星のくず、暗き空をいろどる光の欠片、遠くにりて燃ゆる者……」


 詠唱が長い。攻撃魔法の基本とされる【光の矢ライトアロー】であれば一から五まで数えるうちに発現できるはずのリージュが、額に汗を浮かべつつその十倍以上もの時間を要している。降り注ぐ矢の雨は未だまず、私も及ばずながら楕円盾オーバルシールドを掲げて二人の魔術師の前に立つ。ひときわ大きな衝撃音はクロスボウの矢が盾に跳ね返った音だろうか。


きらめく空の破片、我が意に応え降り注げ! 【隕石召喚メテオストライク】!」


 私には何が起きたのかわからなかった。何の前触れもなく爆音がとどろき、視界の全てが灰色に染まる。盾と人の壁に守られた私でさえ目を開けられないほどの爆風と砂塵が吹きつけ……やがて静寂が訪れた。




 消えていた。黒い砂岩の城壁が、城壁上の弓兵が。跡形もなく。


隕石召喚メテオストライク】。天空の隕石を召喚し、地表に叩きつけるという。

 最上級の攻撃魔法であり、その習得は困難を極める。リージュでさえ『叡知の杖』と補助の魔術師の力を借りなければ発現させることはできず、それが揃ってさえ魔力を使い果たすほどだ……というのは後にリージュ本人から聞いた話で、私にはこんなものが人間ファールスの力で引き起こされた現象とはとても思えなかった。


総員突撃アッサート!」


 その言葉は海を隔てた異国でも同じ意味を持つという。白一色であったはずの軍装を灰色に染め上げ、神聖勇者セイクリッドに続いて突入する兵士達。

 ここに至ってようやく私は理解した。彼らは練度、装備、士気、その全てを高い水準で備えた精鋭で、神聖勇者セイクリッドの下に完璧な意思統一が為されている。野盗などが何十人、何百人いようと彼らの敵にはなり得ないだろう。


「リージュ、大丈夫?」


「……うん」


 その答えは予想していたし、事実ではないことも承知している。彼女は凍土の上に突いた杖を支えにしてようやく立っているし、もう一人の魔術師に至っては憔悴しきって座り込んでいる。あのような人智を越えた現象を起こしたのだから無理もない。




 さほどの時間を要さず、神聖勇者セイクリッドとその一隊は戻ってきた。燃え盛る砦を背にして、白き衣を返り血であかく染め上げて。


 帰りの馬車でもやはり一言も発しなかった神聖勇者セイクリッド。もう一つ私は理解した、このパーティーは良くも悪くもこの人次第なのだと。リージュという極めて優秀な部下を得てもそれは変わらないのだと。

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