その涙は明日への糧となるか(三)

 ロッドベリー駐屯地、屋内訓練場。この日リットリアさんは会議の予定が入っているとの事で、すっかり顔見知りになった遊撃隊の兵士さんに剣術の特訓をお願いしていた。

 この第三十七遊撃隊はその機動力をもって様々な任務に当たる部隊とのことで、特に剣術が得意な者はいないという。それでも立派な体格と鍛え抜かれた身体能力は圧倒的で、まともに剣を合わせれば撥ね飛ばされてしまう。


「まだまだぁ! 次お願いします!」


「ほんとに根性あるな、お前さんは」


 三人の兵士さんが入れ替わりで相手をしてくれるのだけれど、何度負けても挑んでくる私を少々持て余しているのかもしれない。

 でももう少し、もう少しで何か掴めそうな気がするのだ。あとちょっとだけ、ちょっとだけ付き合ってほしい。まともに相手の斬撃を受け止めるから力負けしてしまうのだ。剣の角度を変えて受け流すなり、体を開いてさばくなりすれば良い、それはわかる。あとはその瞬間タイミングだったりちょっとした要領コツだったりするのだと思う。


 そう、この横薙ぎだって見えている。リットリアさんのように相手の太刀筋に自分の剣を沿わせ、交差する瞬間に手首を返してさばく。おお、と見ていた兵士さんから感嘆の声が上がる。相手の剣を絡め捕って床に落とした、あとは……


 あとは剣を突きつけるだけだったというのに、絡め落とした拍子に自分の剣まで落としてしまった。自分の間抜けさを呪った瞬間、おでこを平手でぺちんと叩かれて仰向けに転がってしまった。


「うにゃああああ! もう少しだったのに!」


「今のはお前さんの勝ちでいいよ。もういいだろ」


「そんなの駄目です、負けは負けです!」




 もう少しだったのになあと、ぶつぶつつぶやきながら歩いているのは女性用の兵舎。胸に抱えているのは着替えの軍服。頭の中に太刀筋を描きながら脱衣場でぽいぽいと服を脱ぎ捨て、洗い場で頭からお湯をかぶる。このように水やお湯が使えるのは当番の魔術師さんが動力室で働いてくれているからだと聞いたことを思い出し、慌ててお水を節約する。


「今日もまた特訓?」


「あ、うん。今日はリットリアさんがいなかったから、レオンさん達と」


「リナちゃんってすごいよねえ。リットリア参謀長なんて話しかけることもできないよ」


「それはちょっとわかるかも。話してみるとすごくいい人なんだけど」


 隣で体を洗っているのはノルン、物資の管理を担当する部署の子。女性兵士は全体の一割ほどで、ほとんどは彼女のように後方勤務を担当している。中には以前の私のような伝令兵クルソールもいるというけれど、ほとんどお目にかかれないほどまれだ。


 湯船に浸かって交わすのは他愛もない話。誰と誰が別れた、誰と誰が怪しい、今日の晩ご飯は何だろうね、新しくできた喫茶店のパフェがね……

 同じ年頃の女友達といえばリージュだけれど、そういえば彼女とはこんな話をしたことがない。必死にお金を稼ぐばかりで周りを見る余裕がなかったから。今度会った時にはこんな他愛もない話をしたい、お風呂の窓から覗く銀色の月を見てそう思った。




 今日の夕食は私の好きなオムライス。飲んだくれエブリウスさんの「ガキの食いもんじゃねえか」という言葉を思い出しつつ空いている席を探していると、窓際にフォルベック君の姿を見つけて向かいに座った。


「こんばんは! ここ、いいかな」


「……いいけど」


 少し長めの黒髪に同じ色の瞳、とりたてて特徴の無い容姿だがやや伏し目がち。私と同じ十八歳で、この遊撃隊に配属されたばかりだという事は先日聞いている。


「今日の雪中行軍は負けちゃったね。私だけ砂袋減らしてもらってるのに悔しいなあ」


「たいしたもんだろ。女なのに、来たばかりなのに」


「性別は関係ないよ。私だって負けていられないよ、勇者なんだから」


「……勇者だから?」


「そう! 私は強くならなきゃいけないの。人を助けるどころか、弱くて迷惑かけてばかりだから」


「気楽でいいよな。勇者なんて……」


 何かを言いかけて思いとどまるフォルベック君。私は気になる言葉を飲み込まれて、つい踏み込んでしまった。


「気楽? 勇者のことを分かって言ってる?」


「分かってるさ。ここの食事も兵舎での宿泊も無料、個室を与えられて定期俸給までもらえるんだ。いい身分だよ」


 今度は私が言葉に詰まってしまった、その通りだ。

 勇者という肩書はここでも有効で、訓練への参加も兵舎への宿泊も食事の提供も全て無料。そればかりか個室を与えられ、市からは勇者活動の一環として普段通りの俸給が支払われる。

 でもこれは市民を守る実力を身に着けるための訓練で、責められるような行為ではないはずだ。ここにいる兵士さん達と何が違うというのか。


「私達だって市民を守るために命懸けで戦ってるんだよ。あなた達と一緒でしょう?」


「勇者なんて、魔兵レム級妖魔を狩って小金を稼いでるだけだろ。市民に持ち上げられていい気になっているだけのくだらない奴らだ」


 そう言い残して席を立つフォルベック君。あまりの言葉に呆然とする私の肩を、午後の特訓に付き合ってくれたレオンさんが軽く叩いた。


「悪いな、ちょっと難しい奴なんだ。どうも何か抱えているようなんだがな」


 それにしても酷い言いようだと思う。リットリアさんには彼のことを気にかけてやってくれと言われたけれど、残念ながらここまで言われては果たせそうにない。

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