魔人ペイルジャックと魔女の夢(五)
全身に不自然なほどの力が
研ぎ澄まされた不思議な感覚の中で石床を蹴ると、靴底が悲鳴を上げるほどの急加速。左右の視界が後ろに飛んでいく、やがてそれさえも認識できなくなるほどの速度がこの身に宿る。今この瞬間、私は誰よりも速く地を駆けている。
『私の魔法を込めた
【
今がまさに親友の力を借りるべき時。私は待っていた、腕力、魔力、知識、生命力、全てにおいて
息を止め、
「ほう? ほう、ほう、ほう、面白い……」
ゆっくりと振り返った妖魔の
「なかなかに面白い奴。我が記憶の一部を占めるに値するか……?」
折れた胸骨と内臓の一部を露出させ、
「いや……見える!」
リージュが授けてくれた力、【
荒れ狂う二本の剣を紙一重で
「うっ……」
「そこまでか、では仕方ない」
左右同時にペイルジャックの双剣が落ちてくる。もはや
怖い、強い、名だたる勇者が顔を揃えても及ばない恐るべき敵。あの
「相手が何だろうと! 私は負けない!」
私はペイルジャックの双剣を
「これでも、喰らえ―――!!!」
両手が使えない私が採った攻撃手段は渾身の
「ふ、ふ、ふ、馬鹿馬鹿しい。このような者に……」
後頭部から先端が突き出るほど小剣を押し込まれたペイルジャックの瞳がぐるりと回転し、その身体は立ったまま足下からぐずぐずと溶けていった。乾いた音を立てて地面に跳ねる小剣、僅かな染みだけを残して消えた魔人。私達はしばらく声も無くそれを見つめていた。
この一件はジェダさんから行政府を通して太守様に報告されたが、魔人ペイルジャックについては証拠不十分として記録には残されなかった。
新たな
私はといえばこの日、ジェダさん達が療養している病院を訪れていた。
ジェダさんとラドカスさんは太守様の
そしてもう一人、窓際で退屈そうに外を眺める妙齢の魔女。
「アリスタさん! 探しましたよ。もう動いていいんですか?」
「いいのよ、大した怪我じゃなかったんだから。しっかしアンタは頑丈ね、若いっていいわぁ」
彼女の言う通り、私は頭にかすり傷を負っただけで目立った外傷は無かった。まともに浴びたペイルジャックの毒霧も市販の飲み薬で何事も無かったように消え去り、すっかり元気いっぱいだ。
「あの! アリスタさん、一つ聞いてもいいですか?」
「聞くだけならね。答えるかどうかはアタシが判断するわ」
「私を見て思い出したっていう『夢』を教えてください」
「却下。恥ずかしいもの」
「恥ずかしくなんてありません! それに私は人の夢を笑ったりしません」
真っすぐに目を向けられたアリスタさんは呆れたように、観念したように
「
「え?」
「万年雪の山々のさらに上、決して消えない雲の中に隠された古代の都市。魔法学校時代に読んだ本に載っていた、その存在さえ疑われている伝説の遺跡。いつかそこに行きたいと思ってる。友達みんなに笑われた、子供みたいな夢。どう? 呆れたでしょう」
呆れたりするものか、笑ったりするものか。私は嬉しかった、この人が自分の夢を打ち明けてくれたことが。子供みたいな照れ笑いを見せてくれたことが。
「いいえ、素敵です! その時は私もご一緒させてください!」
決して若くはない魔女はその答えに天を仰ぎ、もう一度呆れたように笑った。
「そうね、責任を取ってもらおうかしら。アンタのおかげで思い出しちゃったんだから」
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