魔人ペイルジャックと魔女の夢(三)

 ジェダさんとラドカスさん、アリスタさんと私はつい先日、合成獣キマイラ討伐の依頼を共に請け、意見の違いからたもとを分かった。だからこうして別々に行動しているのだけれど、こんな場所で再会するとはよほど縁があるのだろうか。


「お久しぶりです! お二人も探索ですか?」


「あ、ああ……」


 私が笑顔と明るい声で機先を制したのは考え無しの阿呆だからではない、決して。

 このような場所で出会う人に探索以外の目的があるわけがない、そのくらいは分かる。今は何よりもこちらが友好的であることを示すのが先決、そう思ったのだ。何しろここは人目の届かぬ地下空間、飲んだくれエブリウスさんが言っていた「この世で一番恐ろしい妖魔は人間ファールスだ。覚えておけ」という言葉がぴったりと当てはまる。


「良かったらご一緒しませんか? 私、こういうの初めてなので怖くって」


 前と後ろの双方から戸惑いの気配が伝わってくる。それはそうだ、先日別れたばかりの四人なのだから。

 でも提案としては悪くないと思う。あちらは剣士二人が松明たいまつ洋燈ランプを片手に不自由な探索をいられている、こちらは探索係兼前衛が頼りない。舌打ちせんばかりの表情で考え込む三人だったけれど、それらの事情を理解できない人たちでもない。短い相談を経て私達は再び四人パーティーになった。




 半刻ごとに先頭と最後尾を私とラドカスさんで入れ替わり、そのたびに休憩を挟んで進む。これだけでもずいぶんと負担が減ったものだ、遺跡探索は複数人が基本だという理由がよく分かる。


「最近見つかった神託装具エリシオンはどんな物だったんですか?」


「誰でも照明ライトの魔法を使えるようになる指輪だったらしいよ。羨ましいね」


神託装具エリシオンが見つかったらどうしますか?」


「ジェダの奴が使うか、売っぱらうね。そんなもん持ち歩いて狙われるのは御免だ」


 やはり気まずいのかほとんど口を利かないジェダさんとアリスタさん、対照的によくしゃべるのはラドカスさん。この人は軽薄なほど口が達者な優男やさおとこで対応に困ったものだけれど、このような場面ではそれが良い方に出てくれている。




「止まれ。誰か来る」


 そのラドカスさんが先頭の時に遭遇したのは、また別の一隊パーティー。五人組の彼らとはしばしの情報交換の後に別れたのだけれど、ロッドベリー市で長く勇者活動を続けているジェダさん達がそのうちの誰とも面識が無いという。


「つまり盗掘者ロバーよ」


 アリスタさんが軽蔑したように言う。このような遺跡を探索することもあるが、大抵は墓荒らしであったり戦場でたおれた兵士から武具を剥ぎ取って売るような輩。もちろん私達のように市の認定を受けていたりはしない、それどころか隙を見せれば『死体にしてから武具を剥ぎ取れば同じ』とばかり行動に出ることもあるという。


「ひええええ……」


「な、俺達と一緒で良かっただろ?」


 得意げに片目をつむるラドカスさん。先に声を掛けたのは私ではなかっただろうかと思ったけれど、余計な事は言わないに限る。素直に感謝して引き続き探索役を務めてもらうことにした。




 その音に気付いたのは私が先頭の時だった。遠くで響く金属音、乱れた足音、それに複数の怒声。


「何者かが戦闘中のようです。先行します」


 言い置いて駆け出し、すぐに後ろの三人が私に続く。音を頼りに通路を右に折れると、大きな空間から洋燈ランプの光と剣戟の音が漏れていた。

 先程の一隊パーティーと同数ほどの集団が争っている、既に負傷者も出ているようだ。剣を打ち交わす響きに怒声と悲鳴が混じる。


「やめてください! いくら神託装具エリシオンが欲しくても争っちゃ駄目です!」


 私の声に動きを止めた者もいたが、なんだ女かとばかり再び剣戟に身を投じる。もう一度声を限りに叫ぼうと思ったところを制したのは、今まで機嫌悪そうに押し黙っていたジェダさんだった。


「ロッドベリー市認定勇者のジェダだ! 双方剣を収めろ、これ以上の争いは俺が認めない!」


 威厳に満ちた声、真剣な眼差まなざし、私はこの人を見直すことにした。私に対して見下すような態度をとっていたジェダさんだが、やはりロッドベリー随一と言われる勇者なのだ。その声に両者の争いがんだかに見えたのだけれど……


「な、何だ……?」


 呆然とするジェダさんの視線の先で、一人の男が血濡れた剣を犠牲者の腹から引き抜いてわらっていた。崩れ落ちたのはその仲間とおぼしき男。


「いいや認めぬ。血を流せ、臓物ぞうもつをぶちけろ、神託装具エリシオンが欲しくばな」


 戦慄のあまり誰もが思考を止める中、その男だけがゆるりと動いた。流麗とさえ思えるその剣舞のうちに人の首が二つ宙に舞う。絶叫と悲鳴が噴き上がる中、男は降り注ぐ血を浴びて恍惚の笑みを浮かべた。


「だ、誰だ? いや、何だこいつは……」


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