魔人ペイルジャックと魔女の夢(二)

 ラウドルックという名前のその遺跡は、ロッドベリー市から徒歩で半日余りという近郊にある。数百年前に滅びた同名の都市がそのままの形で残されているというもので、頑丈な石造りの建造物などは十分に原形を留めている。それに加えてラウドルック遺跡は地下にも二層に渡って居住空間が広がっており、探索の範囲はさらに広がる。


 このような遺跡からは古い時代の金貨や宝石、魔法に関する品などの財宝が見つかることが稀にあるのだが、この遺跡は以前から広く知られているため無数の探索者に荒らされ、今や獣や死霊が徘徊するだけの廃墟と化している、はずだった。

 だが最近になって複数の神託装具エリシオンが見つかり、勇者以外にも多くの者が一攫千金を夢見てここを訪れているという……




 ここは市街地の外れだったのだろうか。二キロメートル四方ほどもある遺跡の南東部、おそらく住居であろう石造りの建造物が立ち並ぶ中に、ぱっくりと口を開けた地下への入口。このような地上と地下を繋ぐ通路が、雑に数えても二十はあるという。


「アンタ、命懸けでアタシを守るのよ? どうせアンタだけ生き残っても無事に帰れないんだから」


「はぁい」


 その入口を前に、硬い携帯食をかじってお腹を満たすのは私。背中には荷物がぱんぱんに詰まった背嚢バックパック。食料、非常食、医薬品、衣類その他、普段の旅路よりもかなり重い。探索に備えた品に加えてアリスタさんの分まで入っているからだ。

 私と向かい合って大石に腰を下ろすそのアリスタさんは朝にサラダを少しつまんだだけで、あとは何も食べていない。リージュも小食だったけれどこの人はそれ以下だ、私なら空腹ですぐに倒れてしまうだろう。


「さ、行くわよ。何してるの、アンタが先に入るのよ」


「はぁい」


 芸のない返事を繰り返して背嚢バックパックを背負い直し、風化しつつある下り階段に足をかける。数歩下っただけで意外にも暖かく感じる、地熱の影響なのか何らかの魔法の効果なのか。寒風吹きすさぶ外よりもよほど快適かもしれない。


「天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【照明ライト】」


 白い光が辺りを照らし出す。やはり松明たいまつ洋燈ランプとは桁違いの光量だ。もしこの光の強さが魔力の強さを表しているのなら、アリスタさんの魔力は神託装具エリシオンを手に入れる前のリージュとさほど変わらないだろう。何だかんだ言ってすごい人なんだな、と年齢不詳の横顔を見る。




 地下空間はやや風化しているものの、床と壁は綺麗にならされていて歩きやすい。朽ちた木のカウンターに金属製の看板、察するに地下にも何らかの店舗があったのだろうか。その数の多さ、四方に伸びる通路に驚かされる。まるで地下にもう一つ町があるかのようだ。


 新たに神託装具エリシオンが見つかったのは地下二層目の複数箇所だという。そこに降りる階段も簡単に見つかったのだが、下りた先は一層目とは少々様子が異なっていた。

 区画分けされた大きな空間がそこかしこにあり、荒らされた形跡のあるが散らばっている。察するにこの階層は倉庫として使われていたようだ、もしこのの山の中に神託装具エリシオンが埋もれているとすれば発見するのは困難を極めるだろう。


「アリスタさんは神託装具エリシオンが欲しいんですか?」


「当たり前じゃない。神々が宿した絶対的な力、是非手に入れたいものだわ」


「自分で使えない剣や盾だったら?」


「売り飛ばして一生夢を見るわ。お金さえあればそれがかなうかもしれないもの」


 また『夢』か。アリスタさんの夢とは何なのだろう、お金も名誉も手に入れた魔術師が掲げる夢とは。私のように『勇者になる』などという子供っぽいものではあるまい、でも聞いたところで正直に答えてくれるとも思えない、私は自分の役割に集中することにした。つまり探索と索敵だ。




 常に左側の壁に沿ってゆっくりと歩を進める。前後左右のみならず床と天井、がらくたの山にも視線を送り、僅かな違和感も見逃すまいと気を張り詰める。飲んだくれエブリウスさんの補佐をしていた頃、遺跡の調査隊に同行したことがある。その際彼はこのようにして先頭を歩いていたはずだ、何も教えてはくれなかったけれど。


 慣れない探索のため集中力が落ちてくるので何度も休憩を願い、二刻ほどが経った頃。私は右に折れる通路の手前で足を止めて同行者に掌を示し、壁際に背嚢バックパックを下ろした。腰の後ろから小剣を引き抜き小声で報告する。


「右前方より何者かが接近中。足音からしておそらく人型、人数は二」


「へえ、いい子ね。アンタ自分が思ってるよりずっと優秀よ」


 珍しく褒められたのは良いが、照れている余裕は無い。曲がり角から姿を現すのは人間ファールスか、妖魔か、それとも屍人アンデッドなのか。規則的な足音に加えて金属が擦れる音がすることから魔獣ではないと思うけれど……


 右の軍靴から投剣ティレットを引き抜いて投擲の構えをとり、息を潜める。光源が見つからぬよう杖に布を被せたアリスタさんが詠唱を始めた。先制攻撃の好機チャンス、だが相手が人間ファールスならば思いとどまらなければならない。

 曲がり角の向こうから足音と暖色の光が近づいてくる。おそらく相手は洋燈ランプを持っている、ならばおそらく人間ファールスだろうが友好的な相手とは限らない。投剣ティレットを握る右手に汗がにじむ、やがて姿を現したのは……




「ジェダさん!!」


「うおっ! なんだお前ら!」


 完全に意表を突かれた様子のジェダさんとラドカスさん、彼らは最近別れたというアリスタさんの仲間。ちっ、という舌打ちの音が後ろから聞こえた。

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