魔人ペイルジャックと魔女の夢(一)

 ロッドベリー市行政府二階南側、朝日がまぶしい待合室。


「うーん……」


 私が変なうめき声を上げているのは、ここ数日新しい依頼が無いからだ。目を皿のようにして依頼書の綴りファイルを何度見直したところで、もちろん新しいページが見つかったりはしない。返却が遅れて窓口の無気力トルパールさんににらまれるだけだ。


 理由はわかっている。『大討伐』とその下準備でロッドベリー砦周辺の妖魔が激減したからだ。彼らは数匹から十数匹程度の少数で城塞群の隙間を抜けて人間ファールスの生息域に入り込み、住処すみかを見つけて繁殖する。

『大討伐』で数を減らしたこの時期の彼らは息を潜めて繁殖や子育てに専念しており、軽率に町や村を襲ったりはしない。これはもちろん良い事なのだけれど、私達勇者にとってはそれらしい仕事が無くなることも意味している。ゆえに私のような新米勇者は酒場の接客係ウェイトレス、商店の店番、土木工事の作業員といった仕事で日銭を稼ぐことになる。




 さて今日はどうしよう。接客係ウェイトレスのお仕事は長期が基本だから身動きがとれなくなるし、やっぱり日雇いの土木工事だろうか。まずは土木課で斡旋あっせんしている仕事が無いかを聞いて……などと廊下を歩いていると、同じように仕事を探している人達が列を成していた。肩幅の広い筋骨隆々のおじさん、無精髭ぶしょうひげを生やしたおじさん、酒焼けで鼻と頬が染まったおじさん……おじさんばっかりじゃないか! と少々気後れしてしまい列に並ぶのを戸惑っていると、後ろから声をかけられた。


「あら、良い子ちゃんじゃない。お元気?」


「あ! アリスタさん!」


 とんがり帽子に古木の杖、黒地に赤の刺繍入り外套ローブ。いかにも魔女といった風体ふうていの女性が石床にヒールを鳴らして歩み寄ってきた。その高慢とも言える態度のせいか魔術師としての名声のためか、廊下を歩く市民も職員さんも壁際に寄って道を空ける。


「どうも。どうやらお仕事をお探し?」


「ええっと、そんな感じです」


「ふうん……」


 私の顔を見回し、次いで列に並ぶおじさん達を見回して何か言いたげな様子。なんだか居心地が悪くなった私は話題を変えることにした。


「今日はお一人なんですか? ジェダさん達は?」


「別れちゃった。たっぷりお金入ったし、もういいかなって」


「えええええ!? そんなぁ!」


 アリスタさんは『あっけらかん』としか言いようのない表情で、おまけに両手を振って言い捨てた。つい先日まで一緒だった三人組が、もしかして私のせいで気まずくなってしまったのだろうか。ロッドベリー市が誇る勇者一行が解散する原因を作ってしまったとしたら、もう誰と誰と誰に謝ればいいのかわからない。


「アンタを見て思い出しちゃった。恥ずかしい言葉で『夢』ってやつ」


「え? 私を!? 夢?」


「そ。責任取りなさいよね」


「意味わかんないです!」




 次第に混んできた土木課の待合室で立ったまま話を聞くと、どうやら彼女が言う『責任を取る』とは一緒に遺跡の探索に向かうことを指しているらしい。何でもロッドベリー市近郊の遺跡に複数の神託装具エリシオンがあるという噂があり、実際にそれを手にした者もいるという。

 季節的に手きの勇者が多いこともあり、何組もの勇者が遺跡探索に挑み……中には帰って来ない者もいる。遺跡探索は罠や守護者など妖魔討伐とは全く異なる危険があり、それに適応しなければ帰還することすら難しいのだ。


「お仕事を探していたんでしょう? アタシが雇ってあげる」


「でも私には遺跡探索の技術なんかありませんし、弱いのも知ってますよね!?」


「いいのよ、私の盾にさえなってくれれば。一日一万ペタ、諸経費はこちら持ち。どうかしら?」


「うっ……」


 他の仕事なら接客係ウェイトレス半日で三千ペタ、土木作業一日で七千ペタが精々だし、町にいれば宿泊費もかかる。おまけに育ちざかりの食費だって馬鹿にならないのだ。これほど良い条件のお仕事は滅多にない、でも……

 などと私はまだ心を決めかねていたというのに、年齢不詳の魔女は強引だった。


「決まりね。早速出発するわ、用意しなさい」


 どうやら私には選択肢など与えられていないようだ。魔女はひとつ顎をしゃくると、使い魔がついて来るのは当然とばかりに歩き出す。




 この通り最初から私は乗り気ではなかった、お金に困っていたところに一日一万ペタという好条件を提示されて心が傾いてしまったのだ。それがまさかあんなものに出くわすなんて、私はどこで運命の女神様に嫌われてしまったのだろうか。


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