勇者のかたち(十二)

 この小さな集落では毎晩のように羽魔インプが現れ、家畜を害したり物を壊したりするという。


 羽魔インプ。人間の子供くらいの大きさの妖魔で、背中の羽で素早く飛び回り人に害を為す。性質は凶暴とまでは言えないものの臆病で陰湿、家畜を害したり人を傷つけたりするのも喰らうためではなく、相手が困った様を見て喜ぶことが目的だという。ほぼ例外なく初歩の攻撃魔法を操ることができ、その気になれば子供や老人を殺害することも容易たやすいほどだ。




 黒いとばりが下り人々が寝静まった頃、それは現れた。鶏小屋に忍び込んで荒らし回り、農具小屋に火をつけて狂騒と炎の中でけたたましい笑声を上げる。闇に浮かぶ青紫色の表皮がことさら邪悪に映る、その姿に狙いを定めて投剣ティレットを放つ。だがそれは妖魔の腹をかすめただけで夜の中に飛び去った。


「しまった! 外した!?」


 投剣ティレットは相手を一撃で仕留めるような武器ではないが、まともに当たれば飛行能力をぐくらいはできるだろう。そう考えて身を潜めていたのだけれど、当てが外れてしまった。自分の未熟さに腹が立つ。

 夜空に浮かぶ妖魔は奇声を上げて飛び回り、頭上に出現させた光の矢を投げつけた。藁屋根を貫き壁を穿うがつその威力はやはり甘くない、魔力に劣る初歩の攻撃魔法とはいえ殺傷能力はあなどれない。


 民家の軒先に身を隠しつつ妖魔の姿を探すが、上を見上げれば後ろから現れ、後ろを警戒すれば上空から現れて耳障みみざわりな笑声を上げつつ光の矢を放つ。辛うじて楕円盾オーバルシールドで受け止めたもののまた見失い、夜空から妖魔の勝ち誇ったようなわらいが降ってくる。


「やるしかないか……」


 やはり覚悟を決めるしかないか。飲んだくれエブリウスさんもエクトール君も、敵と戦うにあたって次善策を用意していた。奇襲で仕留め損なった下位悪魔レッサーデーモン撒菱スピーナを踏ませたり、屋内の罠で仕留めきれなかった肉食兎リルビットに対して囲いの中で決戦を挑んだり。


 私もそれを用意してある。ただ覚悟が必要なだけだ、痛みに耐える覚悟が。


 私は投剣ティレットを一つだけ右手の中に隠し、村で最も広い通りの中心に立った。体の力を抜き、耳を澄ませ、四方の気配を探る。

 羽魔インプは臆病で悪賢い妖魔だ、こちらの動きを不審に思っているのだろう。だから待った、相手がれるまで。ゆっくり二百を数えるほどの間、微動だにせず。




 来た。真後ろ上空で微かな羽音、その場で力を集中する気配。身を硬くして待つこと数瞬、背中に衝撃が走った。【光の矢ライトアロー】の魔法、焼けるような痛みだが致命傷には程遠い。


「見つけた!」


 これが私の次善策。攻撃魔法に耐えて相手の位置を特定、振り向きざまに投剣ティレットを投げつける。腹部に突き立った刃は深くはないものの、飛行能力をぐのに十分だった。羽ばたく力を失った羽魔インプは小剣の先に捉えられ、やがて動かなくなった。




 名前のない集落での小さな勝利。老人ばかり二十名ほど、素朴な料理と安物のお酒を持ち寄ってのささやかな酒宴。報酬も無ければ評価も上がらない、でもここにあるのは心からの感謝と誰かの笑顔。私が一番守りたかったもの。


「お嬢ちゃんはすごいな! 立派な勇者になれよ!」


「何言ってんのさ、リナちゃんはもう立派な勇者じゃないの。私達にとっては一番の勇者様だよ」


「えへへ、ありがとうございます。頑張ります」


 じゃがいもと豆の煮物、南瓜かぼちゃの煮つけ、貝ひもの干物、何だかよくわからない白く濁ったお酒。精一杯の歓待を受けた私はたくさんのお土産を持たされて帰路についた。




 幾日かが過ぎた昼下がり。行政府の待合室でローラばあちゃんとお土産の貝ひもを食べていると、危機管理課の窓口あたりから歓声が上がった。どうやらジェダさん達が他のパーティーと共同で合成獣キマイラを倒して帰還したらしい。

 報酬を受け取り広報課の取材に応えるジェダさん達から離れて歩いてきたのはアリスタさん、年齢不詳の魔女。


「あら、美味しそうじゃない。私にも頂けるかしら?」


「どうぞ。あの集落で頂きました」


「ふうん……いい顔ね。何か掴んだのかしら?」


「はい! おかげさまで!」


 もぐもぐと口を動かすたびに優しい甘みが広がる。これが私の報酬だと胸を張って言える。これが私のり方、私が目指す勇者の形なんだと。

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