勇者のかたち(十一)

 ようやく到着した宿場町で一番高そうな宿に部屋を確保した私達だけれど、夕食を摂る段になってもジェダさんのおしゃべりは止まらない。それどころか以前の武勇伝を大声で触れ回り、一階の酒場にいるお客さんの半分から賞賛を、半分から顰蹙ひんしゅくを受けている。


 そして私はといえば、優男やさおとこラドカスさんからしきりにお酒を勧められていた。


「リナちゃん、混合酒カクテルをどうだい? ご主人、この子にお勧めを」


「あ、いえ、もう休みますので……」


 ずいぶんと手馴れた様子で、なかなか休むきっかけを与えてくれない。話術も巧みで所作も洗練されていて、純情な田舎娘などころりと騙されてしまうのだろう。

 でも私はあの飲んだくれエブリウスさんの弟子だ。お酒の良いところも悪いところも知っているし、このような場での出来事もいろいろ見てきた。師匠が言っていた「悪い男に騙されんなよ」という言葉はこのような人を指しているのだろう。




 ようやくラドカスさんから逃れて元のテーブルに戻ると、魔術師アリスタさんが一人残ってお酒を飲んでいた。馬車ではろくにお話ができなかったけれど、もう夜も遅いので軽く挨拶をしてから部屋で休ませてもらおうと思ったところ……


「アンタさ、自分がこのパーティーに誘われた理由わかってる?」


「ええと、偵察や見張りと聞いていますけど……」


「そんなもん、そのへんの猟師でもできるじゃん。わっかんないかなー、アンタが女だからだよ」


「え……?」


「あいつら女好きだから、見た目がいい女なら役に立たなくてもいいのよ。それに聞いたことあるよ、弱くても傷だらけで必死に戦う健気けなげな勇者。そんな子がうちに入ったら、そりゃあ評判になるだろうね」


「……」


「アンタはいいの? あんなのに利用されて、もてあそばれて。アンタの価値はその程度?」


「……わかりません。まだジェダさんのことも、ラドカスさんのことも、あなたのことも、よく知りません。知らないままで判断するのは良くないことだと思います」


「ふふっ、聞きしに勝る良い子ちゃんね。せいぜい頑張りなよ」


助言アドバイスありがとうございます。早速さっそくですけど、あなたの事を知りたいと思います。すみません、こちらに麦酒エールを」


「へえ、案外面白い子じゃないの。お姉さん張り切っちゃうよ?」


 アリスタさんは楽しそうに笑い、綺麗に塗られた爪と同じ緑色の混合酒カクテルに口をつけた。今まで年齢がよくわからないと思っていたけれど、枯れた声とれた物言いからして予想したよりもずっと年上なのかもしれない。




 次に立ち寄ったのは民家が十数軒ほどの小さな集落。地図にも載っていないこの場所では井戸から水をもらって休憩するだけで通り過ぎるつもりだったのだけれど、私達を見つけたお婆さんが困った様子で話し掛けてきた。何でも毎晩現れて家畜を襲ったり物を壊したりする羽魔インプを退治してほしいという。


「悪いけど俺達は大物を追っているんだ。他の奴らに先を越されちゃかなわないね」


「そういうこと。依頼ならロッドベリーの行政府を通してくれないかな」


 だが、ジェダさんもラドカスさんも論外といった様子で取り付く島もない。さっさと話を切り上げて馬車に向かう二人を見てお婆さんは肩を落とした。ただでさえ小柄なその姿が余計に小さく見える。


「あの! 一晩だけここに泊まるわけにはいきませんか? お困りの様子ですから……」


 私の主張にジェダさんの様子が変わった。生意気な子供を叱りつけるような目で私を見る。


「俺達が狙っているのは五千万の大物だ。優先順位がわからないかな?」


「では私だけここに残ります。ジェダさん達は合成獣キマイラ討伐に向かってください」


 ジェダさんの顔色がさらに変わった。綺麗と言って良い顔面にしわが寄り、切れ長の目がさらに細められる。


「気が合えば俺達のパーティーに入れてあげてもいいと思っていたんだが、理解できなかったかな?」


「リナちゃんはまだ子供だからね。早く仕留めなければ羽魔インプなんかよりもずっと多くの人が不安になるんだ、わかってくれるかい?」


 ジェダさんの見下したような物言いも、ラドカスさんのなだめも私の心には響かない。これでよくわかった、この人達と私は目指すものが違うのだ。


「あなた達は立派な勇者です、ぜひ多くの人達のために合成獣キマイラを倒してください。でも私がなりたいものは違います。ここでお別れさせてください」


「こいつ、調子に乗りやがって……」


 私を睨みつけるジェダさんの右手に闇色の触手が絡みつき、動きを封じた。そこから伸びているのは魔術師が持つ古木の杖の影。


「わかったよ。せいぜい頑張りな、良い子ちゃん」




 アリスタさんが背を向け、舌打ちしたジェダさんがそれに続く。ロッドベリー市が誇る勇者一行は馬車で土を蹴立てて去って行ったが、後悔の思いは微塵みじんも無い。


「お仲間と別れちゃったのかい? ごめんなさいね、こんな年寄りのせいで」


「いいんです! 私に任せてください、これでも勇者なんですから!」


 振り返った私は心からの笑顔をお婆さんに向けた。これだ、これこそが私のやりたかった事なんだ。

 国を救うとかお金をもらうとか誰かにうやまわれるとかじゃない、目の前の人に手を差し伸べること。それが私の目指す勇者のり方だ。


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