勇者のかたち(十)


 いつものロッドベリー行政府、危機管理課の窓口。最近は色々思うところができてここを訪れるのは気が重いけれど、だからといって避けているわけにもいかない。


 なにしろ百日あたり三十万ペタの俸給だけでは生活できないため、接客係ウェイトレスに道具屋の店番、土木作業にさらいと色々な仕事に手を出しているのだが、できれば勇者らしい護衛や妖魔討伐といった仕事をしたい。だから毎朝ここで依頼書を借り受け、陽の当たる南側の待合室でそれを見るのが日課になっている。暇だから日向ひなたぼっこをしているわけではない、決して。


「あらリナちゃん、早いのねえ」


「あ、ローラばあちゃん。今日はどんなご用事ですか?」


「特に用事はないのだけれど、ここは暖かくてねえ。ちょっと休ませてもらおうと思って来たのよ」


 この人は先日ここで依頼書を閲覧しながら寝落ちしている私に声をかけてくれたお婆ちゃん。それ以来すっかり馴染みになってお茶を飲んだり世間話をしているのだけれど、私は別に暇だから日向ひなたぼっこをしているわけではない、決して。




「リナレスカさんというのは君かな?」


「はい?」


 秋の終わりを惜しむかのような暖かい陽射しの中で世間話をしていたところ、背の高い男の人に声を掛けられた。金に近い茶色の頭髪を肩まで伸ばした、整った顔立ちの人だ。


 ジェダさんと名乗ったその名前に聞き覚えはあるものの、この人自体に見覚えは無い。先程から私に何か話しかけているようだが、その違和感が邪魔をして内容が頭に入ってこない。何度か首をひねって話を聞き流していたものだけれど、何のきっかけも無しに突然思い出した。よく目にしていて当然の名前だったからだ。


「あああああ! ジェダさんって、あのジェダさん!?」


 ジェダ・レーズベルトさん、ロッドベリー市が認定した勇者の中で最も華々しい活躍をしている人だ。こうして資料を見ていると嫌でも目に入る名前なのだけれど、直接お会いするのは初めてだった。


 ジェダさんはそれまで全く話を聞いていなかった私に呆れてしまったようだが、てへへと頭を掻いてごまかすともう一度話をしてくれた。何でも大樹海から時折り飛来する合成獣キマイラを討伐するそうで、その隊員メンバーとして私を誘ってくれるというのだ。


合成獣キマイラですか!? 私、何のお役にも立てませんよ!?」


 合成獣キマイラ。様々な獣の様々な部位を合成したような魔獣で、多くは獅子や大蛇、わにや鷲など凶暴な獣の優れた部位を寄せ集めたものが多い。そのような魔獣が発生する要因や生態などは謎に包まれており、突然変異なのか何者かが作り出したのかは判明していない。

 家畜や旅人を襲うなど人に害を為す魔獣であることは明らかであり、発見すれば即討伐する以外に被害を防ぐ方法はない。ただしそれは容易ではなく、熟練の勇者でさえ単独で挑むような相手ではないとされている。


「だろうね。だから無理な事はしなくていいんだ、君には偵察や見張りをお願いしたい」


 ジェダさんは私を合成獣キマイラと戦う際の戦力としては計算していないという。それはそれで情けないのだけれど、危険が少ないのはありがたい。

 それに今回の依頼を果たして互いの印象が良ければ正式に自分のパーティーに加入させても良い、そのうち遺跡探索の技術なども身に着けてくれれば重要な役割を任せられるだろうという。


 期待されていないような言い方がちょっと引っかかるけれど、一流の勇者と行動を共にできるまたとない機会だと思い二つ返事で承諾した。討伐報酬五千万ペタという大金に心を惹かれたわけではない、決して。




 ジェダさん達の他にも合成獣キマイラ討伐を狙っているパーティーがいるから早く出発したいとの事で、私の準備ができしだい即日出発するという。


 準備と言ってもいつもの背嚢バックパックの中身を確認するくらいで、武具の手入れは飲んだくれエブリウスさんの教えで毎日しているので今さらやる事もない。愛用の籠手を着け、小剣を腰の後ろに差して背嚢バックパックを背負えばもう終わりだ。


「お待たせしました! リナレスカです、よろしくお願いします!」


「待ってたよ。さあ、乗ってくれ」


 待ち合わせの場所として指定されたのは大通りの停留所。てっきり乗合馬車を乗り継いで現地に向かうのかと思っていたのだが、彼らは馬車と馬と馭者ぎょしゃさんをまとめて借り上げたそうで、座席には既に三人の男女が腰かけていた。


 広い室内、クッションが敷き詰められた座席、箱の中には冷えた飲み物まで用意されている。ロッドベリー市で最も活躍している勇者という評判は伊達ではないようで、これならば万全の状態で妖魔と戦えるだろうと納得するほどの快適な旅路だ。


「この二人は俺の補佐で、ラドカスとアリスタだ。もう一緒に活動して一年になるかな」


 ラドカスさんは浅黒い肌に革の胸当てという軽装。黒い巻き髪と細い眉毛を丁寧に整えた優男やさおとこという印象で、見た目の通りに口調も軽い。


 アリスタさんはとんがり帽子に様々な装飾が施された外套ローブ、いかにも魔術師という出で立ちの女性で、歳の頃はよくわからない。二十代にも三十代にも見えるが化粧が濃くて素肌が見えないからだ。


「リナレスカさん、今までに倒した一番の大物は何だい?」


「ええと、私一人で倒したのは小鬼ゴブリンくらいです。あとは肉食兎リルビットとか……」


「討伐数が少ないらしいけど気にすることはないよ、これから俺達と一緒に稼げばいいのさ。俺達がこの前けたのは丘巨人トロール討伐でね、奴は巨体に再生能力を持っていて……」




 ジェダさんはどうやらおしゃべりが大好きなようで、これまでに討伐したという妖魔や魔獣のお話を立て板に水のごとくまくし立てる。しばらくは私も律儀に相槌を打っていたけれど、どうやらこちらの反応に関係なくしゃべり続けているようなので半分放置してしまった。


「悪いね、いつもこうなんだ。こいつの自慢話を聞くのも飽きただろう、今度はリナちゃんの話も聞かせてくれないかな」


 ラドカスさんがそう言ってくれて助かったものの、この人はこの人で好みの異性や過去の男性経験のことばかり聞いてくる。片目をつむったり両手を広げたりという芝居がかった所作でさぞかしモテるのだろうけど、どうも私には格好いいとは思えない。


 そして隣に座るアリスタさんは足を組んでマニキュアを塗ったり外を眺めたりしているだけで、一向に会話に入ってこない。

 私は愛想笑いをしつつ、気付かれないように小さく溜息をついた。高名な勇者一行との快適な馬車の旅だというのに、早くも疲れてしまったのは何故だろう。


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